第11章 術計の宴 後
話題をすり替えるようにしてくれた蘭丸へ内心感謝していた凪の横で、自らの話題が出た事へ律儀に反応した三成が笑みを浮かべる。癒やし系二人の様子に肩の力を少し凪が抜いたその時、賑やかな大広間でもよく通る低音が響く。
「凪」
空の盃を片手に、上座から真っ直ぐに凪を射抜いた信長が笑みを浮かべながら告げた。ただ一言名を呼ばれただけだったが、信長の言わんとしている事は伝わったらしい。
一斉に視線が凪へ向けられ、その事に緊張した様子で顔を強張らせた彼女を正面で見やり、蘭丸が振り返って信長を笑顔のまま見つめる。
「信長様、俺もお傍へ行っていいですか?」
自らの小姓の物怖じしない言葉を受け、信長は面白そうに口角を上げた。
「構わん。ただし、貴様の酌を受けるのは凪の後だ」
「ありがとうございます!…凪様、大丈夫だよ。俺と一緒に行こ?」
「…ありがと、蘭丸くん」
信長に呼ばれるだろう事はお千代から聞かされていた為、心の準備をして来た筈だが、いざその場になってみると緊張が迸る。それをまるで緩和するかのように蘭丸も共に名乗り出てくれた事もあり、凪は内心で安堵の息を漏らすと促されるままに立ち上がった。
それまで心地よい喧騒に満ちていた広間が自然と静まり返ったのは、信長の傍へ凪が呼ばれたからなのだろう。
蘭丸と共に中央を歩いて進んだ凪は、上座の前で立ち止まる。
「傍へ来い」
「…凪様、信長様のお傍へ」
「はい」
端的な言葉が鼓膜を打つと、蘭丸が補佐してくれるかのように促した。
ここまでやって来てしまったのならば、もういっそなるようにしかならない。いい加減腹を括ったらしい凪が信長の傍、脇息の横へと両膝をつき、正座する。
(お酌なんてどの時代も一緒…!そもそも、八千さんの時にやったし、その相手が信長様に変わっただけ)
凪が信長の傍へ座ると同時、蘭丸は光秀の傍へと控えるよう腰を下ろした。傍らへ手にしていた銚子を置き、握った片手を心配そうに胸へあてた彼は、ふと隣の光秀を見る。
光秀は、静かに二人を見守っていた。そこには昼間見た感情の色が窺えず、微かに眉根を寄せた後、蘭丸は再び意識を上座の二人へ戻す。