第11章 術計の宴 後
すぐさま口を閉ざした光秀に対し、秀吉が申し訳ありませんと述べながらも物言いたげに唇を引き結ぶ。
秀吉が言わんとしている事など承知の上で止めた信長は、視線を投げて三成や政宗とぽつりぽつり言葉を交わしているのだろう、凪を映して緋色の眼差しを眇めた。
それまではただ嘗めるようにして呑んでいただけの酒をぐいと呷り、空になったそれへ酒を注ごうと腰を上げかけた秀吉を片手で制する。
空になった盃を手の上で軽く弄んでいた様を、光秀が何処か油断のない眼差しで見ている事に気付きながら、信長はやがてゆるりと笑みを浮かべた。
「あーっ!凪様だ!」
萎縮しながらもぽつぽつ受け答えしていた凪の鼓膜を、覚えのある高くて愛らしい声が打つ。
驚いた様子で顔を上げれば、銚子を手にした蘭丸が彼女の姿を見つけて小走りで駆け寄って来た。
「なんだお前等、もう顔合わせてたのか?」
「昼間、たまたま廊下で会ったんだぁ。ねっ、凪様♪」
「うん、あの時は何だか慌ただしくてごめんね」
政宗の隣に腰を下ろした蘭丸と凪を交互に見やり、政宗が幾分驚いた様子で問いかける。昼間と同じく屈託ない笑顔を浮かべた蘭丸は首を傾げて明るく同意を求めて来た。
特に隠す必要もないので頷いてみせれば、思いの外するりと言葉が出て来て内心驚く。蘭丸は愛想も良いし、何より愛らしい。少なくとも武将達よりはまだ気安く接する事が出来るのか、凪の口元がほんのり綻んだ。
「ううん、全然!俺も突然声かけちゃってごめんなさい。ちょっと間が悪かったかなあって、後から反省したんだ」
「そんな事ないよ、むしろあれでちょっと冷静になったっていうか…」
「昼間なんかあったのか?二人だけで納得してないで、俺にも教えろよ」
それまで気後れした硬い様子であった凪が幾分砕けた事に興味を持ったのか、政宗が面白そうに乗って来る。
さすがに光秀と廊下で色々言い合ってました、とは言えず困っていると、それを察したらしい蘭丸がまるで庇うように口を開いた。
「なーいしょ!政宗様も光秀様と一緒で意地悪だから、苛められないように気をつけてね、凪様。あ、三成様はとってもお優しいから大丈夫だけど!」
「そんな…私などまだまだですが、そのようにおっしゃっていただけるととても嬉しいです」