第11章 術計の宴 後
「────…あの女が気になるか、光秀」
凪が三成と政宗に挟まれ、気後れしながらも料理を少しずつ運んでいた頃。
彼女の席から離れた上座付近で、信長は脇息に軽く身を預けながら盃を軽く傾けていた。
不意を衝くようにして発せられた音は元々の低い声色も相まって賑やかな喧騒に溶ける。しかし、天下人の左右を陣取る二人の鼓膜を打つに、その声量は十分なものであった。
既にひと瓶空けている男の、盃を傾ける手がほんの僅かに止まる。しかしそれは文字通り一瞬の事であり、笑みをかたどった唇が濁った酒で潤えば、光秀は睫毛を伏せて笑い混じりの声を発した。
「…御冗談を」
側近が発した短い音を、信長は実に面白そうに眺めている。
ほんの僅かなそのやり取りを、光秀の正面に座す秀吉は怪訝な眼差しで見つめていた。
城門前で待ち構えていた時、軍議を終えて立ち去る時、光秀は言葉など無くとも凪の事を気遣っていた筈である。
にも関わらず、目の前で酒を呷る男はやけに彼女に対して無関心であった。否、完全に無関心といったわけではない。
信長が発したように、光秀の視線は吸い寄せられるようにして、気付けば凪を映している。
そこまで気にかかるのならば、いっそ酒でも持っていつものようにふらりと向かえばいいものを。
行動に移す事をしない光秀に募るのは疑念ばかりで、秀吉は思うように酒が進まず、眉根を顰めた。
「……秀吉、そんなに見つめられては顔に穴でも空いてしまいそうだ。俺からの酌をご所望なら、応えてやる事もやぶさかではないぞ」
「お前の酌で酒を呑むくらいなら、樽にそのまま顔突っ込んだ方がまだましだ。……はぐらかすな、光秀。一体何を考えてる」
「さて、何の事やら。俺はただこうして静かに酒を呑んでいるだけだ。その無駄な勘繰り癖も、樽に頭ごと浸かれば柔らかくなってその内治るかもしれんな」
「お前…っ!」
「やめろ、貴様ら」
いつもの軽口の応酬が始まろうと秀吉が気色ばんだ瞬間、信長の静かな声が二人を制した。