第11章 術計の宴 後
廊下での小競り合い以降、まったく顔を合わせていなかった光秀の視線は、凪へ向けられない。
手酌で酒を静かに呷っている光秀を見て、もしや廊下での一件を怒っているのかと勘ぐった凪の意識を切り替えるよう、右側から穏やかな声がかかる。
「凪様、よろしければこちらへどうぞ」
それは軍議の時と同様、凪をいざなってくれた三成の声だった。光秀から意識を逸らし三成へ顔を向ければ、彼は柔らかな笑顔で隣を手で指し示してくれた。
「…うん。ありがとう、三成くん」
凪の動きを別間に居る家臣達も実に興味深そうに見守っていた。さすがに織田家ゆかりの姫という設定のおかげか、値踏みするような不躾な視線こそなかったが、言葉に表せない好奇の色があちこちから注がれて、三成の隣へ座っても、身が縮こまりそうになる。
そんな彼女を気遣ったのだろう、三成は変わらぬ様子で柔らかく微笑み、身体ごとわざわざ凪の方へ向けてくれた。
「昼間にお見掛けした貴女も勿論素敵でしたが、こうして着飾られたお姿も、とてもお美しいですね」
「そこまで手放しに褒められると、なんか申し訳ないというか…」
「そのような事を仰らないでください。凪様はとても謙虚な方でいらっしゃるのですね」
眩しい笑顔と共に贈られる賛辞は嬉しいけれども、今の凪にはどう反応して良いものか分からない。ただ三成が本心で言ってくれている事だけは伝わったのか、硬い面持ちで居る凪の口元が微かに綻んだ。
「ったく、取って食うわけじゃねえんだから、そんなに身構えんなよ」
ふと前方から声が聞こえ、それと同時に厨の前を通った時に感じた食欲をそそる香りが近付く。顔を上げると隻眼が凪を愉しげな様子で映していた。両手に持った膳を彼女の前へ置いてくれたのは政宗であり、それは女中の仕事では、と疑問を抱いた凪を置いて男が正面へ座り込む。
「ほら、冷めない内に食え。好き嫌いが分かんなかったから、とりあえず色々作ってみたぞ」
「…もしかして昼間、厨に居ました?」
湯浴み場へ向かう途中、垣間見たような気がしてつい膳と政宗を見比べた凪を前に、彼は眉を上げてみせる。