第10章 術計の宴 前
ならばせめて、迷惑にならぬよう自分で出来る事は自分でしなければならないと考えを改め、凪は広間への道行きを進んだ。
何やら百面相していた己の主の姿を斜め後ろからそっと窺い、お千代は微かに苦笑する。思いの外分かりやすいところのある凪の考えなど、お千代にはおおまか筒抜けだった。
(凪様は凪様で、なかなかに不器用ですねえ)
微笑ましい反面、光秀の性格を思えばほんの僅かだけ不憫に思えなくもなかったお千代は、あちらこちらから向けられる好奇の視線に内心でほくそ笑む。
思考に沈んでいる彼女はどうやら気付いていないらしいが、元が悪くないという事もあり、しっかりと着飾った凪は美しく、愛らしい。
やがて幾つもの視線が彼女を追っている事にそろそろ気付かせてあげようかと思ったお千代は、控えた声量で主を呼んだ。
「凪様、女中や家臣、下働きの者たちが御身を見ておいでですよ」
「えっ!?」
さすがにわきまえているらしく、驚愕の声も普段より控えめだ。小さく肩を跳ねさせた凪は、お千代の言葉によって我に返ったらしく、視線をさり気なく巡らせると確かに幾つもの好奇の眼差しが自分に注がれている事に気付く。
見世物にでもなったような心地になりながら、傍を歩くお千代へそっと問いかけた。
「凄い不思議そうな感じだけど、私の事一部の人しか知らないって本当だったんだね」
「それは勿論。正確に申し上げれば、凪様の事をお顔と御名前が一致しているという意味でご存知なのは信長様と武将様方は勿論、わたしくと初日に御支度をお手伝いさせていただいた女中二人に本日お相手させていただきました柳と楓…厩番が数名だけでございます」
「そんな極秘だったんだ…」
なにせ安土城に留まったのはたった一日なので、幻の姫君扱いである。本当の意味で【お披露目】なんだなと思った凪は、更なる緊張感を持って背筋を伸ばす。
そうしている内にも見覚えのある廊下を通り、更に見覚えのある襖の前で立ち止まると、お千代は両膝をついて襖へ軽く手を掛けた。
「ご準備はよろしいですか?…常に毅然となさいませ。己の意に沿わぬ事があらば、お声をお上げください。決して怖気づいてはなりません」
「う、うん…頑張るよ」