第10章 術計の宴 前
そう発したお千代の声は幾分張り詰めている。
彼女の声を受け、しゃんと背筋を伸ばした凪は一度深呼吸をした後、化粧が崩れてしまわぬ程度に軽く両頬を叩いた。
心の内にある不安や緊張を薙ぎ払い、無事にお披露目という名の役目を終える為、意識を切り替える。
(…なんだか、全然状況は違うのに摂津で光秀さんと二人、会談のお座敷に乗り込む直前を思い出すな)
隣に光秀の姿はない。
凪には凪の果たすべき役目があると思い直し、ふと片手で髪に挿された芙蓉の花に触れた。指先に感じる滑らかな花弁の感触を確かめた後、お千代に向かって頷いてみせれば、彼女も応えるように小さく頷く。
「それでは凪様、行ってらっしゃいませ」
静かに開かれた襖の向こう、視界に広がる光景を前にして、凪はぐっと両の拳を握り締めたのだった。