第10章 術計の宴 前
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お千代によって徹底的に磨き抜かれた身体はすっきりとして心地が良かったものの、なんだかとてつもない疲労感を覚えた事は言うまでもない。
激しい羞恥心との戦いの末に手に入れた心地よさのまま凪は自室へ戻った後、とんでもない手際の良さで施される両足の処置を受け、次いで髪を幾度もつげの櫛で梳かれる事となった。
水気を切られて自然と乾くまでの間、襦袢姿で華やかな色合いの艶紅を瞼から眦、そして唇へと施されれば、化粧映えする彼女へ感嘆の息を漏らしたお千代が嬉々として小袖の用意をする。湯浴み前に見せてもらっていた淡藤色の薄手生地の小袖を羽織り、締められた帯の上から色とりどりの組紐で作られた帯紐を結ばれ、最後に薄手の打ち掛けを掛けられれば身なりはすっかり姫君へと仕立て上げられた。
最後に乾いた髪を、両サイド軽く残した形でやんわりとまとめた、いわゆる現代で言うルーズアップにされる。
簪は清秀に貰ったものを挿すつもりなど更々ない為、摂津で挿していた紫陽花のものにしようかなと考えていた凪だったが、お千代が手元に何かを持って傍に膝をついた。
「凪様、こちらが小物入れの上へと置かれておりました」
お千代が手にしていたのは一本の簪である。
手渡されるままにそれを受け取った凪が、手のひらへ置いた簪へまじまじと視線を注いだ。
先に飾られているのは大輪の芙蓉の花であり、白磁の色をしたその花は上質な絹で大きな花弁一枚一枚をかたどっているらしく、軽く傾けると光の加減によって艶めく位置が変わる。
(……これって、)
芙蓉、と耳の奥深くに馴染む低音がその名を紡いだ事を凪の身体が覚えていた。
思い浮かぶのは一人の男の姿。白磁の芙蓉は清廉な姿で手の中にあり、その白がふと男の輝く美しい銀糸とすらりとした立ち姿を思い起こさせる。
しばらく手の中の簪へ視線を向けていた凪だったが、思わず口元がほんのりと綻んでしまっていた事に自ら気付き、慌てて表情を憮然とした、いかにも怒っているといった風を取り繕った。
「────…立入禁止、って言ったのに」