第10章 術計の宴 前
自分も見学と称して酒倉へ立ち寄れば、お千代も気兼ねなく仕事が出来るのではと考えての事である。
凪の発言にお千代は驚いた様子で目を瞠ったが、それよりも怪訝な色を見せたのは確認を頼んで来た女中だった。
不思議そうな面持ちで目を見開いている女中を目の当たりに、少し姫らしからぬ発言だったかと即座に反省した凪に反し、お千代はやがて小さく笑みを浮かべて頷く。
「凪様を楽しませるようなものはないかと思いますが、お心遣いに甘えさせていただきたく存じます。お足元にお気をつけくださいね」
そうしてお千代が酒倉の大きな木戸を横へ動かすと、大きな酒樽が幾つも置かれた空間が目の前へと広がった。
その瞬間、凪の鼻腔を様々な酒の香りが突き抜け、混ざり合ったそれの中でいっそう濃い香りを放つものを感じ取り、軽く目を見開く。
先頭を切って足を踏み入れたお千代に続き、凪がその後へと続いた。最後に女中が足を踏み入れて後ろ手に扉を閉ざすと、中で作業をしていたらしい下働きの男が顔を上げ、驚いた様子で頭を下げると背後に居る凪の姿を捉え、不思議そうに首を傾げる。
「これはお千代様!…おや、後ろの御方は…」
「ご苦労さまです。ああ、貴方達は初めて御目にかかるのでしたね。こちらは凪様…織田家ゆかりの姫君であらせられます。失礼の無きよう」
「初めまして、凪です。お仕事中にお邪魔してすみません…」
「織田家ゆかりの…!?これは失礼致しました!」
お千代の紹介と、凪自身の挨拶を耳にし男達は驚愕した様子で居住まいを正した後、即座に床へ膝をつく。額を床へ擦り付けんばかりに頭を下げた彼らを驚いた様子で見た凪だったが、これが【織田家ゆかりの秘蔵の姫】という事の影響力なのだとむざむざ感じさせられる。
いまだ頭を下げたままである彼らへ、仕事の邪魔をしたのはこちらだからと言い、立ち上がるよう告げればとてつもなく感激され、折角だからとお千代に促されると、彼らは酒について説明をしてくれる事となった。
「こちらが本日信長様へ新たに献上された酒となります。ご覧ください、この澄み渡る色合い。濁りのない美しい清酒でございます」
「あら、これは素晴らしいですね」