第10章 術計の宴 前
目が切れ長で涼やかな為、黙っていると少々きつめな印象を与えがちではあるが、お千代はとても美人であり、現代で言うところのすらりとしたモデル体型だ。艷やかな黒髪はよく手入れが行き届いており、濃すぎない化粧も彼女によく似合っている。そんな彼女が信長へ一人、物申しに行く姿を想像して苦笑した凪は、言葉の端々に滲む仄かな攻撃性に疑問を過ぎらせた。
「千代ってもしかして…光秀さんの事、苦手?」
此処までの道のりの間にもお千代とは他愛ない会話を交わしていたが、信長の事を語るお千代はやけに多弁且つ熱量が凄い。心底尊敬しているのだと告げた彼女の目は色恋のそれではなく、武将達───特に秀吉が見せる眸の色と酷似していた。
凪の問いかけに対し、お千代は僅かに目を瞠った後、珍しく困った様子で眉尻を僅かに下げ、小さく呟きを落とす。
「そういった感情で片付けられるものではないのだと思います。……いわばこれは理解出来るからこそ理解したくない、という類いのものでございましょう」
「理解出来るからこそ…」
不思議そうに双眸を瞬かせた凪が足を止めて振り返った。お千代の顔を見やると、彼女は少し困ったように笑って瞼を伏せる。艷やかな長い睫毛が肌の上へ薄い影を作る様は、まったく姿形が異なるにも関わらず、何故か光秀のそれを思い起こさせた。
「凪様、一つだけお伝えさせてくださいませ」
「……どうしたの?」
おもむろに瞼を持ち上げたお千代は凪を真っ直ぐに見つめ、控えた声量ながらも毅然として紡ぐ。これまでの世間話とは異なる雰囲気を感じ取り、双眸を瞠って小さく頷けば、彼女は一瞬だけ柔らかく眼を眇めた後で静かに告げた。
「────…光秀様のなさる事を、どうか誤解なさいませぬよう」
「……え?」
虚を衝かれたように短く息を呑み、戸惑いの言葉を発した彼女の眸が小さく揺れる。鼓膜の奥で、ここ数日間の間に交わした光秀とのやり取りが淡く反芻したような錯覚に陥り、凪の鼓動がどくりと跳ねた。
その小さな鼓動の原因が何なのか掴み取る事が出来ぬまま、それ以上言葉を発するつもりはないらしいお千代は先行きを促す。