第10章 術計の宴 前
それは凪の純粋な疑問だ。現代に居た頃の友人の中にも、好きな相手が幸せだったらどんな子と恋人になっても構わないという子が居たが、当時も今も、凪にはその感覚が良く分からない。
凪の言葉に対し、二人は不思議そうな面持ちで顔を見合わせ、それから困ったように眉尻を下げて笑う。
「中にはお声掛けを待っている子もおります。けれど、こうして同じ城の中に居ても、所詮は女中と武将様。伸ばして容易に手が届くなど、そうある事ではないでしょう」
「ですからせめて、素敵な方と夫婦になっていただきたいと思い、その方の幸せを影ながら願っております」
「まあ、私達は武将様方を恋愛対象ではなく観察対象として見ているので、まったく関係ないのですけどね!」
(……この時代は、身分が絶対的優先度になってるんだ)
釣り合わない身分、釣り合う身分。
人の心は自由だというけれど、それは近しい身分ありきの事で、それが伴わなければ自由に恋をする事も叶わない。そもそも、政略結婚が常である世において、本当の意味で好きな人と契りを交わす事がどれ程難しい事であるのか、いまいち凪には漠然としていて理解が及んでいなかった。
(恋とかそういう意味じゃなくても、私がこうして光秀さんや信長様…その他の武将達と少なくとも接する事が出来ているって事自体が、もう既に特別なんだ)
たった一つの出来事が運命を変えてしまう。
そう考えれば凪はひどく自分が恵まれた環境に居るという事実を実感せざるを得ない。
(光秀さんは信長様の傍に控えるくらいの偉い武将で、歴史的にも凄く有名な人で、私が五百年後の未来から来た事を信じてくれた。それに、【目】の事だって)
そのひとつひとつの出来事が、まるで星の瞬き程の奇跡のように思えて、凪の心をほんのりと暖かくする。
欲張りな事ではあるが、今となっては一つも欠けて欲しくなかった。それ等は光秀だからこそ綺麗に一本に繋がった糸なのではないかと、何故かそう思えてしまったからかもしれない。
思考に沈んでいた凪を女中姉妹は不思議そうに見やった。凪様?と案ずるような調子で名を呼んだところで、突如へ部屋の襖が開け放たれる。