第10章 術計の宴 前
時代を越えた既視感を覚え、凪の顔が若干引きつった。なんだか学生時代の休み時間や放課後、あるいはサークルの飲み会や仕事帰りに立ち寄った居酒屋の一角を思わせる空気感である。まして現代のように電波など飛んでいないのだから、色恋の話をするのならば女性がこうして顔を合わせる場しかない。
「……あの、一体何の話?」
それでなくとも人というのは噂話や身の上話、果ては人様の恋情話やお家事情まで、とにかく話という話が大好きである。
男性であればもっと別の話に花を咲かせるのだろうが、妙齢な女性の好むものと言えばやはり恋の話だ。
何となく嫌な予感がしつつ、楽しそうな二人の気分を削いでしまう事も憚られ、一応問いかけてみれば柳が嬉々として振り返る。
「凪様が光秀様に身も心もとろけさせられたお話ですわ!」
「とろけてません!!」
間髪入れず否定した凪を目にし、妹の楓の眼が輝きを取り戻す。姉と同様、正座のままでずい、と身を寄せて来た彼女が期待に満ち溢れた眼差しで凪を覗き込んだ。
「では三成様の可能性もまだ残っているという事ですね!」
「いやそれも何かちょっと違うような…!?」
三成は好きだが、そういう好きではなく友好的な気持ちといった類いである。物腰の柔らかさや気遣いが出来るところなどが他の何処かひりついた武将達とは異なり、接しやすい。
「まだ戻られたばかりですもの。これから少しずつ皆様の良いところを知っていかれれば良いかと思います。ぜひ、三成様とも仲良くしてくださいね!」
「え、うん…それはむしろこちらこそって感じなんだけど…」
「…光秀様、恋敵が数多現れる可能性があるのですね…前途多難な恋路ですわ…」
ここまでの話でどうやら姉の柳は光秀推し、妹の楓は三成推しという構図が見えて来た凪は、何とも言えない心地で苦笑する。
歴史に名だたる武将相手に恋の噂や憶測を立てられるなど、果たして約一週間前の自分が想像出来ただろうか。
一瞬現実逃避をしかけた凪は二人の姉妹を改めて見やり、ふと湧き上がった疑問に首を傾げる。
「あの、二人ともそれだけ光秀さんと三成くんの事が好きなんだよね。自分の事を好きになってくれたらなって…そう思ったりはしないの?」