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❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第10章 術計の宴 前



的を得ない会話を交わしていた二人の視線が静かに絡み合った。金色の眼でお千代を真っ直ぐに油断なく見つめた光秀は、真摯な色をそこへ乗せて双眸を眇めた。

「……凪からは片時たりとも、決して目を離すな」
「誰に対して仰っておりますの?疑わしきから目を離さず居るのは、当然の事でございましょう?」
「……そうだな」

低く紡がれた男の、殊の外真剣な声色に片眉を僅かに持ち上げたお千代は心外だとばかりに眉間を顰める。相変わらず光秀に対して慇懃な物言いをしていた彼女だったが、それに対して咎めの言葉なども紡がず、光秀は吐息だけで笑った。
開いていた布を閉ざし、小袖を隠したお千代はやがて用件は済んだとばかりに視線を男へ向ける。視線の意図を察した男が道をあけてやると、お千代は形ばかりの挨拶と礼を紡ぎ、足音もなく歩き出した。
後ろで緩やかに結われた艷やかな長い黒髪が揺れる。廊下の先、角を曲がる際、やけにゆっくりと曲がって姿を消したお千代を流した視線だけで見送った後、光秀は瞼を伏せて微かな嘆息を漏らした。

白い袴の裾を翻し、お千代が向かった方向とは逆へ足を踏み出した光秀は数歩進んだ後でおもむろに足を止め、長い睫毛を伏せる。

「…すまないな、凪。俺は────…お前を裏切る」

掠れた小さな声色で紡がれたその言葉を耳にするものは居ない。酷く苦々しい色を帯びた呟きを最後に口を閉ざし、光秀は再び歩き出した。


──────────…


光秀によって先に自室へ戻るよう促された凪を待ち構えていたのは、彼女の側仕えであるお千代──ではなく、更にそのお千代直属らしい二人組の女中だった。
お千代が居るものと思っていた凪だったが、どうやら別で準備を済ませてからやって来るらしいと伝えられると、まず最初に手を付けられたのは両足の怪我である。
美しい御御足が勿体ない、と口々に嘆かれながら、包帯を取り替えられた凪は自分でやると幾度も断ったにも関わらず、織田家ゆかりの秘蔵の姫のお世話がしたいという女中達の圧へ完全に押し切られる形となり、渋々それを任せる事となってしまったのだった。
本当ならば化膿止めの軟膏を塗らなければならないのだが、それはお千代が戻ってからの湯浴みを済ませた後、改めて塗布(とふ)してくれるという。

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