第10章 術計の宴 前
美少年、あるいは美少女にのみ許されし特権とでも言えるべき表情を前に困ったように笑った凪を知ってか知らずか、無言のままでしばらく成り行きを見守っていた光秀が口元へ微笑を乗せた。
「あまりしつこくすると爪を立てられるぞ」
「それは光秀様が意地悪ばっかするからでしょ」
「性分でな。愛らしいものは、散々苛めて後から存分に甘やかしたくなる」
声色に甘さが乗り、振り返った先に立つ凪へ光秀が視線を流す。眇められた眼が艶めいている様を目にすると、奥底からせり上がる羞恥に凪の眉根がぎゅっと顰められた。
吐息だけで微かに笑いを溢し、一度瞼を伏せた光秀は再びそれを持ち上げ、平時の眼差しで再び凪を見る。
「凪、先に部屋へ戻っていろ。あまり遅くなると俺が千代に文句を言われてしまいそうだ。場所は分かるな?」
「…あ、はい。すぐ近くだから大丈夫」
先に部屋へ戻るよう促した光秀の発言へ素直に頷いた凪がおもむろに歩き出し、光秀の横を通り過ぎようとした瞬間、やんわりと彼女の片手を掴んだ男が耳朶へ顔を寄せた。
「後で包帯を変えに行ってやる。それまで良い子で待っていろ」
「…っ、」
耳元へ囁きかけて来た低く掠れた言葉に、つい凪の身体が強張るも、彼女は笑みを刻んだ整った男の顔へ視線を投げ、それから憮然として言い切る。
「自分でやります。光秀さんは立入禁止」
「……やれやれ、今回のご機嫌取りは少しばかり骨が折れそうだ」
肩を竦める光秀に対し、何か物言いたげな表情を浮かべた凪だったが、それ以上言葉を発する事なく蘭丸へ軽く会釈した後で彼女は自室へと戻って行った。
その場に残されたのは光秀と蘭丸の二人だけであり、しばし沈黙が流れたのち、最初に口火を切ったのは蘭丸の方だ。
「……珍しいね、光秀様があそこまで女の子を構うなんて。どういう風の吹き回し?」
凪が立ち去った後でがらりと変わった蘭丸の雰囲気を見ても、光秀が動じる素振りはない。怪訝に潜められた眉根のまま、真意を探るようにして真っ直ぐに見つめて来る蘭丸を前に、男はしばし沈黙し、やがて長い睫毛を伏せて笑みを貼り付けた。
「男女の仲は口出し無用、と教わらなかったのか?無駄な好奇心は己の身を滅ぼすぞ」