第10章 術計の宴 前
それ以上細く白い指先があの男との口付けをなぞっているような錯覚を引き起こさせる様を見る事は、感情を自覚した光秀としては耐え難く、彼女の手首を取って引き寄せ、自らの唇へと触れさせた。
形の整った桜色の爪からびくりと震える指を辿り、やがて手の甲へと至った唇が肌を軽く吸う。そのままの体勢で伏目気味となっていた黄金の眼で上目に見やり、囁きかける。
「話せ、凪。……酷い事をされたくはないだろう?」
「…え、ちょっと…っ、止めてください…!」
言葉を発する度に吐息が凪の肌を撫ぜ、彼女の元から赤みを帯びていた耳朶が更に朱を深めた。片手をいまだ光秀の広い胸板へ突っぱね、唇でなぶられている手を引こうともがくも、腕はびくともしない。
困惑と苛立ちが混ざり合った彼女の眉尻はすっかり下がっていて、普段遊ばれている時とは何処か異なる光秀の雰囲気に何故か焦燥を覚えた。
「光秀さん…、からかうのも大概にしてくださいっ」
「…からかう?馬鹿を言え、男を甘く見ている無防備なお前に、危機感というものを教えてやっているだけだ」
手首はさほど強い力で掴まれている訳ではない。にも関わらずどうやっても振りほどく事の出来ないそれに、凪がつい声を上げた。
再び手の甲へ口付けを一つ落とした後、光秀は僅かに顔を上げて金色の眸を些か厳しく眇める。彼の眸の奥底に覗く、名の知れぬ小さな熱が凪の前で揺らめき、吐息を零すようにして短く笑った男の言葉が胸をしたたかに叩く。
何も悪いことなどしていない筈なのに、どうしてか追い詰められて行くような感覚に陥った凪がつい両目を硬く閉ざして声を上げた。
「なにそれ…っ、質問してたんじゃないんですか!?」
「ああ、質問だ」
あっさりと返って来た光秀の短い言葉に、反射的に両目を見開いた凪は息を呑む。
「【質問】の仕方が様々あるのは、凪。無知なお前でも分かっているだろう。このままではこの手だけでなく、他も愛でる事になりそうだが…どうする?」
「やっ…、」
男の親指の腹が掴んだ彼女の手首の内側をするりと撫で、寄せていたそこから顔を離すと金色の眸をそのまま白い襟元へ流した。