第3章 出立
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国境付近には、まるで線引きのように流れる、穏やかな細い川がある。緑生い茂る川縁(かわべり)で馬を止めた光秀が馬上から降り立った。そのまま自然と両腕を伸ばされ、抱えられるようにして光秀により馬から降ろされた凪は礼を述べた後で凝り固まった身体を解すよう、ぐっと伸びをする。
せせらぐ川の近くで根を下ろした桜の大樹の枝に馬を繋ぎ、給水できる距離である事を一瞥して確かめた後、光秀は馬具の後方に括りつけた荷の中から竹筒と包みを取り出した。
「お前の分だ。少し遅くなったが、朝飯にするか」
「あ、ありがとうございます。…これは?」
馬を繋いだ大樹の近く、木陰が揺れる木の根付近に腰を下ろすよう凪へ促し、彼女が座ったその隣に片膝を立てて座った光秀は、二つある包みと竹筒をそれぞれ一つずつ渡す。
「政宗からの差し入れだそうだ。律儀にも今朝、出発前に渡して来た。ちなみに、お前が馬に乗れるという話を聞いたのもその時だったな」
「政宗さん、差し入れは凄く有難いですけど、馬の話はしなくても良かったんじゃ…」
面白そうに笑って付け加えた光秀に対し、それぞれを受け取りながら苦笑した凪は正座した膝の上に包みを一度置くと、竹筒の栓を抜き、それへ口を付けた。
ステンレスの水筒でもなく、氷など入っている筈もない竹筒の中身は当然ぬるかったが、渇いた喉を潤すには十分過ぎる程である。井戸から汲み上げただろう水は自然の味がして、冷たくなくとも身体に染み渡った。
「はぁー…美味しい」
「中身は飲み終えておけ。この川で汲み直していく」
「わかりました」
恐らく光秀に言われずとも、身体は思った以上に水分を欲していたようで、竹筒の中身は既に半分程無くなっている。隣では同じように光秀が竹筒へ口をつけていて、水を嚥下する度に白い喉がゆっくりと上下する様は、その整った容姿もあってか、つい視線を奪われた。
「…そんなに見つめてどうした?俺が水を飲んでいる様が珍しいのか?」
凪の視線に気付いていたのか、竹筒から口を離した光秀が掌の甲で僅かに湿った薄い唇を拭う。口角が意地悪く持ち上がる様を前にして、慌てて視線を外した凪は両手で握り締めていた竹筒を小脇に置き、話を逸らす為、膝上の包みを開いた。