第10章 術計の宴 前
しばらく無言のままで凪を見据えていた光秀だったが、逸らされる事のない瞳に偽りのなさを感じ取ったのか、あるいは見逃してくれたのか。どちらか真偽の程は分からないにしても、長い睫毛を伏せた後、小さく吐息を漏らした。
薄い睫毛の影が白い肌の上を微かに揺れ、長めの前髪がさらりと動きに合わせて揺れる。
間近で見る事が多すぎて若干麻痺しているような感覚もあるが、恐ろしく端正な面持ちは健在で、光秀が瞼を伏せているのをいい事に、凪はついまじまじとその姿を見つめた。
(……こうしてると、綺麗なんだけどな)
目を開けると油断出来ないのがこの明智光秀という男である。
「……そこまで見つめられると、顔に穴が空いてしまいそうだな」
「えっ、すみませ…っ、」
瞼を伏せたままの状態で微笑した光秀の低い声が鼓膜を打ち、咄嗟に謝ってしまった凪だが、閉ざされた視界の中で果たして何故見ている事が分かるのか、とつい怪訝になった。
「…っていうか、なんで目閉じてるのに見てるって分かるんですか」
「お前の事なら大概は。…それだけ、俺もお前を見ている」
「そういう事を簡単に…っ」
憮然としたままで問いかけると、吐息を含めた低く甘い声が鼓膜を揺らす。持ち上げられた瞼の奥、金色の眼が逃れる事を許さないと言わんばかりに凪の眸を捉え、射抜かれた。
まるで甘い睦言のようなそれに、からかわれているのだと感じた凪が耳朶を染めながらも文句を紡ごうとすれば、彼女の言葉は伸ばされた男のしなやかな指先によって封じられる。
「光秀さ…っ!」
ぴん、と人差し指で赤く染まった耳朶を弾いた後、耳下のすぐ傍、薄い皮膚へ寄せられた唇がやんわりと触れた。その柔らかな感触にびくりと肩を震わせ、凪が必死に両手を硬い胸板へ置いて突っ張る。
ちゅ、と音を拾う箇所が近い場所だからか、立てられた唇の微かな皮膚を吸う音に一瞬瞼を硬く閉ざした凪が、苛立ちに顔を顰めて文句を発しようと口を開きかけた刹那、低い男の声が囁くように注ぎ込まれた。
「────今回はお前の必死さに免じて言い分を呑んでやる。……だが次は無いぞ、凪」
「!!!?」