第10章 術計の宴 前
「いえ、こちらこそお引き止めして申し訳ありません。私もその方がよろしいかと思います。それでは凪様、また夕刻にお会いいたしましょう」
「あ、うん。また後でね。…お先に失礼します」
きらきらとした錯覚を起こしそうな微笑みに相槌を打ち、三成と、一応そこにいまだ残っていた秀吉へ控えめに告げた凪がそっと立ち上がったが、その瞬間すっかり忘れていた両足の感覚が戻り、鼻緒の部分が擦れて出来た傷がじくりと痛んで顔を歪める。
「……っ、」
「…凪様?」
理由を察する事が出来なかった三成が不思議そうに双眸を瞬かせる中、傍まで近付いた光秀がそのまま痛みにふらつきそうになった凪の手を取った。
「おいで、そろそろ包帯を取り替えた方が良い」
「…今度は自分でやりますからね」
「さて、どうしたものか」
凪の身体を支えるようにしながら、緩やかな足取りで歩き出した光秀の言葉へ反論するよう彼女が眉根を寄せる。見上げて来る黒々とした眼を見返し、肩を竦めた光秀へ何事か凪が文句を言いながら立ち去って行く、そんな二人の後ろ姿を見送って、三成は至極不思議そうに双眸を瞬かせた。
「……お二人は、長旅の間に随分と打ち解けられたのですね」
ぽつりと呟いた三成のそれはどこか感心しているような、不思議そうな、しかし嬉しさを滲ませたような声色をしている。隣から何も返答がない事を不思議に思い、振り返った先に居る秀吉を視界に捉えた三成は、その人が難しそうな面持ちで顔を顰めている様を見てとり、軽く首を傾げた。
「秀吉様…?」
控えめに名を呼ばれた事に気付いた秀吉は、二人が立ち去った広間の向こうをしばらく見つめ、瞼を伏せて深々と溜息を漏らした後、くしゃりと片手で前髪を乱す。そうして三成の疑問に応えるでもなく、秀吉は一人呟きを落としたのだった。
「……ったく、何か調子狂うな、あの態度は」