第10章 術計の宴 前
事も無げに告げた光秀のそれへ、さすがに本人からだとは思わなかったらしい秀吉が短く声を上げると同時、信長が心底面白いと言わんばかりに口角を上げる。
まったく正反対な主従の反応を視界に映しながら、密かに凪も内心では思い切り驚いていた。いつの間にそんなものをやり取りしたのか。摂津潜入最終日、清秀は凪の前へふらりと現れたが、あれは光秀に会った後だったのだろうか。
見て取れる疑問符を浮かべた凪を一瞥し、光秀は僅かに口を閉ざすも、すぐに口元へ貼り付けたような弧を刻む。
「……そして正確には、この文は私宛てではなく凪宛てのものとなっております。ご丁寧にも大輪の酔芙蓉の花を一輪添え、有崎城の本丸御殿内に置かれていました。もっとも、私が目を通す前提で書かれているようなものではあるのですが」
「ええっ!?」
次いだ光秀のそれを耳にし、つい我慢出来ずに凪は驚きの声を発してしまった。後からそれに気付き、実に気まずそうな様子で片手で口を覆うも、視線を向けた先にあるぐしゃりとした文を見る目は何処となく嫌そうである。
ますます面白そうな面持ちになった信長の興味は文の内容よりも、むしろ凪自身へ向かったようだった。彼女へ向けた緋色の眼に興味の色が薄っすら浮かび、眇められる。
「へえ…そいつは随分と熱烈じゃねえか。喰らった平手が効き過ぎて、惚れられでもしたか?まあ、俺も気の強い女は嫌いじゃないが」
「……平手喰らわせた相手に恋文とか、それただの変態じゃないですか」
実に愉快そうな声色で笑う政宗に対し、家康が半眼でぽつりと呟いた。言い得て妙といったところである。
「文を要約すると、武器の一部は戦に飢えている諸大名へと流し、織田攻めの一角を切り崩す一助とする。しかし、それはあくまでも一端に過ぎない。……流したものを辿りたくば、贈った簪を挿して、会いに来い、と。そのように書かれておりました」
「贈った簪って…あの簪の事ですか…」
「……そうだな。お前が知らずと挿されていた、あれの事だろう」
あくまでも鷹揚に文の内容を告げた光秀の面持ちがほんの僅か、歪んだ気がした。