第10章 術計の宴 前
凪の話を引き継ぐ形で光秀が口を挟み、彼女へ向けられていた様々な感情を乗せた武将達の視線は再び光秀へと引き戻された。
信長の視線が無言のままに光秀へと動くと、それを受けて彼はおもむろに話し始める。
「残念ながら、奴が言っていた南蛮筒をこの目で改める事は叶いませんでしたが、それ等が収められていた蔵を確認いたしましたところ、火薬の残滓(ざんさい)がありました。蔵内の荷はすべて何処(いずこ)かへ運び出された模様です。蔵の大きさから見てかなりの量と見ておりますが、それ等を容易に運び出せるとすれば恐らく陸路では無く海路を利用したのでしょう」
「海路を…?そうなると、その武器は船で一気に運び出されたって事か。地理的にも不可能じゃねえな」
納得した様子で腕組しながら政宗が呟きを落とした。
隣から聞こえたそれへ光秀も頷き、一度凪へ視線を流した後、僅かに長い睫毛を伏せると、彼は懐から一通の文を取り出す。
見るからに皺の寄ったぐしゃりとした状態の文に信長の双眸が軽く見開かれ、やがて面白そうに緋色の眼を光秀の涼しげな横顔へ流し、小さく喉奥で音を漏らした。
凪も同様に光秀の方を見やると、手元にあるそれへ不思議そうな面持ちを浮かべる。
「その肝心な蔵の荷の行き先については、この文へ実に簡略ながら記載されております」
「…おい光秀、その見るからに怪しい文は一体誰から受け取ったものだ。万が一、後ろ暗い経緯で入手したものなら、おいそれと信用するわけにはいかないぞ」
(後ろ暗い経緯の入手方法って一体…)
手にした文をひらひらとぞんざいに振って見せた光秀の言いように、秀吉が眦を上げて厳しい眼差しを真正面から向けた。確かに清秀が所有していた武器の行き先が記された文というのは、いかにも怪しい。
秀吉の言わんとしている事は分かるが、果たして光秀は何処まで秀吉に訝しまれているのか、と凪は内心で苦笑した。
「何を根拠に俺を曲解しているのかは知らんが、これは実に正当な方法で仕入れたものだ。……なにせ、あの清秀殿直筆の文だからな」
「……なっ!」
「…ほう、あの男の余興好きも、相変わらずといったところか」