第10章 術計の宴 前
しばし内心で首を捻った凪であったが、ただ一つとんでもない事をしでかしたのを思い出して苦虫を噛み潰したような面持ちになり、向けられる視線からそっと逃れるよう微かに顔を背けた後、ぽつりと告げた。
「………平手しました」
「……は?」
凪の小さな言葉を正面から拾い上げた信長が、一拍空けた後で小さく音を発する。
一瞬にしてなんとも言い難いひんやりした空気を漂わせ始めた大広間内で、目を見開いた秀吉ときょとんとした三成、面白そうに笑う政宗と呆れた眼差しを家康が凪へ向けている中、ただ一人、現場を目撃した光秀だけが可笑しそうにくすくすと肩を揺らして笑いを零していた。
「なんだと?」
「……平手です」
再度問い返した信長に対し、同じ返答を凪が述べた後、静寂を裂くようにして前方から喉奥で押し殺したような笑い声が聞こえる。
「なるほど、仔細は分からんがそれであの男から情報を得るとは、大したものだ。やはり貴様は俺に幸いをもたらす女であったか」
脇息を一度軽く叩き、笑いを零した信長を呆気に取られた様子で見つめていた凪を他所に、驚きから渋面へ変わった秀吉が焦燥した様子で声を上げた。
「笑い事ではありません、信長様!凪、お前も女なんだから、あんな底の知れない奴相手に危険な真似はするんじゃない!やり返されでもしたどうする」
「ご、ごめんなさい…でも、あれは向こうが…っ」
勢いで謝ってしまった凪を視界に収め、それまで口を挟まずに見守っていた光秀が片手を顎へあてがい、眇めた金色の眼でお人好しの右腕を見やる。
「……おや、お前はこの娘を疑っているのだろう?そんな相手にまで心を砕くとは、仏も頭が下がる寛大ぶりだな、秀吉」
「なっ…!確かに俺はまだそいつを認めたわけじゃない。だが、それとこれとは別だ。大体お前だって最初は…────」
突如矛先が光秀へ向けられた事で、秀吉からの謎のお叱りを免れる事が出来た凪は胸をそっと撫で下ろした。
その様子を実に興味深そうに眺めていた信長だったが、一言静まれと告げれば光秀と秀吉は共に口を噤む。
「…それで、その蔵の中身が南蛮筒の類いというのは確かだったのか」
「それにつきましては私がご説明いたします」