第10章 術計の宴 前
話をつける、といって八千を殺めた男なのだから確かに何か酷い事をやらかしていても不思議ではないと思っていたが、ますます凪の中で清秀に対する印象が悪化する中、政宗が思い出した様子で口を開く。
「……ああ、あの噂に聞く籠城戦か。確か、主君に信長様を裏切るよう進言した後、いざ戦になった途端自分があっさり主君を裏切って信長様の側についたっていうあの毒将だろ」
(ロクでもないな、あの人…!)
武将達によって明らかになって行く清秀の過去の行いに、ますますなんとも言えない面持ちになった凪が妥当な感想を漏らす中、正面に座した信長が頬杖をおもむろに解いた。
その様子を目にし、光秀の双眸が僅かに眇められる。
「あの男が生きていたとはな…面白い。光秀、あやつとは一体何を話した?」
「…それは、凪の口から直接聞いた方がよろしいかと。なにぶん、清秀殿から南蛮筒の情報を得たのは、そこの娘ですので」
光秀に突如名を上げられた凪は驚いたように双眸を見開いて男を見やり、それから傍で小さく息を呑む音が鼓膜を打った。音がした方向を辿ると、秀吉が目を瞠ってこちらを見ている事に気付く。それ以外にも四方から興味を抱いた視線を向けられ、居心地の悪くなった凪の身が竦んだ。
信長は静かに凪へ視線を注いでいる。緋色の瞳が逸らされる事なく、何かを見定めているかのような様子で彼女を見つめ、やがて口元が緩やかな弧を描いた。
「話せ、凪」
短い言葉で促され、逡巡した凪であったが信長の前で適当な事を言うわけにもいかず、閉ざしていた唇をそっと動かす。
「私はただ、あの人に訊きたい事を一つだけ答えてあげる、と言われたので、蔵の中身を教えてください、と訊いただけです。お城の裏手の森の中に、明らかに怪しい蔵があったのを光秀さんと見つけたので、それで…」
「あの男が理由もなくそのような事を言うとは思えん。貴様、一体何をした」
あまりにも鋭い質問に目を見開いた凪であったが、一体何をした、と言われても正直これといった事が思い浮かばない。