第10章 術計の宴 前
摂津潜入三日目、光秀を探して一人城下へ出た時に遭遇した、乱世で唯一の現代人友達、佐助と共に居た人物を思い返し、凪は内心でどきりと跳ねた鼓動を必死に落ち着かせようとする。
あの時、確かに佐助は隣に居た男の事を謙信様、と呼んでいた。それが意味するところは即ち、佐助はやはり完全に信長とは敵対した軍の忍だという事と、もうひとつ。
(あの人一切変装もなにもしないで敵地の摂津に居たけど!?)
仮にも織田領内である摂津、しかも城下町でよくも堂々としていられたものだ。自分がうっかり遭遇してしまった事より、隠れる気が更々無い謙信の方に驚いた凪の面持ちがなんとも言えないものとなる。
思考に沈んでいる間、ふと前方から視線が注がれているような気がして、いつの間にか俯きがちになっていた顔を上げると、ちょうど凪を見ていたらしい光秀の視線とがっちり合った。
(……げ、)
金色の眼が、まるで探るような色を秘めて凪を流した視線で見つめている。顰めてしまいそうになる表情筋を必死に引き締めて取り繕い、せめて視線を逸らさないよう男のそれを見返した。
やがて、しばし視線を合わせた後で光秀の眼差しが僅かに眇められ、口元に淡い笑みが刻まれた。それは柔らかな笑み…ではなく何か明らかに裏がありそうなもので、凪はそっと背筋を伝う嫌な汗に拳を軽く握り締める。
(…これ、後で絶対訊かれるやつ…!)
密やかに身震いする凪から視線を外した光秀は口元の笑みを消し去ると、視線を信長へと向けた。
「奴らは同盟を組み、信長様への反撃を窺っております。しかし、いまだ大きな動きはない模様。さて、龍虎の件につきましてはいかが致しますか、御館様」
光秀へ問われた信長へ、各武将達の視線が集まる。
いまだ頬杖をついた体勢のまま、口を閉ざして報告を耳にしていた信長だったが一度瞼を閉ざし、緋色の眼を隠した後、すぐにそれを覗かせて口元の笑みを消した。
「あやつ等に関しては政宗、貴様に一任する。東方を見張り、動きがあれば報せろ」
「はっ!お任せください」
つい、と視線を政宗へ送り、信長が厳かに命ずる。
軽く頭を下げる事で拝受した政宗を前に、龍虎の話はひとまず終いだと言わんばかりに信長は再び意識を光秀へ向け、先を促した。