第10章 術計の宴 前
「まあ落ち着け秀吉。…摂津で得た情報を元に斥候を飛ばしたところ、確かな情報が持ち帰られた為、ご報告致します。───…東方の地にて動き有り、かの越後の龍と甲斐の虎の生存を確認致しました」
一拍置いた後に告げられた光秀の発言に、それまで静まり返っていた広間内が騒然とした。
一番に声を上げたのは、一度光秀相手に声を上げていた秀吉である。
「あの戦狂いと甲斐の虎が生きてるだと…!?」
「まさか…四年も前に死んだ筈の、あの二人が…」
次いで色濃い焦燥を滲ませた家康が呟きを落とした。
家康の隣に座る政宗も、さすがに驚いた様子で隻眼を瞠っていたが、すぐさま好戦的な色を見せると口角を持ち上げる。
「あの二人が生きてるとは面白い事になって来たじゃねえか。是非手合わせ願いたいもんだ」
「馬鹿を言え、政宗!軍神が生きてるとなれば、お前の領地も危険なんだぞ」
「その時は戦うまでだ。軍神相手に怖じ気づくような腰抜なんざ、伊達軍には一人もいない」
恐らく織田軍領だけでなく、同盟相手である政宗の領地も案じているのだろう秀吉が政宗を厳しい面持ちで嗜めるも、それに動じる政宗ではない。強気な様子で腕組する男と眉を顰める秀吉を交互に見やり、凪は目を瞬かせた。
(そういえば、そんな事八千さんが言ってたな。あの会談の後、すぐに光秀さんは部下の人を調査に送ってたんだ)
夜半に何通もの書き物をしていた内のいずれかが、その任命状か何かだったのか、などと考えながら遠慮がちに隣に座る三成へ控えた小声で問いかける。
「三成くん…龍と虎って?」
「龍は越後の元領主、上杉謙信の俗称です。彼は軍の神、即ち軍神とも呼ばれた戦の天才として名高く、対して甲斐の虎は甲斐国の元領主、武田信玄の俗称で、彼もまた情報戦術に長ける優れた武将。共に織田軍の強敵と言っても過言ではありません」
「…なるほど、ありがとう」
「いいえ、どう致しまして」
凪の問いかけに嫌な顔ひとつせず答えてくれた三成であるが、強敵として語る彼の面持ちもやはり何処か厳しい色を帯びていた。納得したように一つ頷いた凪だったが、三成の発言を再度思い返して、内心大きく首を捻る。なにかが凪の中で引っ掛かっていた。
(…謙信…って、え…あれ?)