第10章 術計の宴 前
そっと視線を巡らせ、自分の座している位置から斜め向かいに座る光秀を見やるとその空いた距離感に何処となく不安な心地になる。
(光秀さん、遠い…)
これまでずっと傍に居てくれた所為だろうか、あるいは敵地ではないのに自分だけ(対人関係的に)敵地に居ると思えてしまっているからだろうか、何となく落ち着かない感覚に凪は内心で溜息を漏らした。
(多分旅の所為で、パーソナルスペースの感覚が可笑しくなってるんだ…)
そんな凪の内心を他所に、居並ぶべき者たちがすべて揃った事を見て取った信長が武将たちをぐるりと見回し、やがて口を開く。
「今日貴様らを呼び立てたのは、光秀から重要な報告が幾つかあると知らせを受けての事だ。……光秀」
「はっ」
促した主に対し短い返答の後、光秀は信長へ一度視線を向けた後、流すようにして末座へと座っている凪を捉え、再び視線を上座へ戻した。
「此度、私が摂津へ向かった目的は二つ。一つは先日起こった信長様襲撃の一件を調査する為、そしてもう一つは摂津での不審な米の流れを追う為でした。一つ目についてはいまだ明確な情報ではない為、この場でのご報告は控えさせていただきますが、二つ目に関しては幾つか面白い情報を得る事が出来ました」
「……ほう?」
淡々とした抑揚のない調子で紡がれていた光秀の言葉に、脇息へ肘をついたまま頬杖の体勢を取った信長が面白そうに笑う。
秀吉を含む四人の武将達も、ひとまずはすべて話を聞くといった姿勢であるのか、特に口を挟む様子はない。
ただ、凪だけは光秀の言葉に内心首を傾げていた。
(…八千さんの事、報告しないの?)
光秀には光秀なりの考えがあるのだろうが、途中経過くらいは話してみても良いのではないかと思っていた凪は胸の内で小さく疑問を零し、しかし表面上は極力反応を示さぬように努める。確かにまだ不確定な情報も多い中で、よく調べもせずに報告するものでもないかと納得し、凪も続きへ耳を傾けた。
「…と、その前になんとも愉快な別口の報告を一つ」
「おい光秀、信長様の御前でふざけるな」