第10章 術計の宴 前
ふと視線を凪へ落とせば、案の定彼女は面持ちを若干強張らせており、その様を見て取った光秀は、秀吉がああして待ち構えている意味を察している身として、不器用な男を少しばかり不憫に思い、内心で苦笑を零す。
手綱を引き、城門前で馬を止めた光秀が馬上のままで秀吉へと声をかけた。
「これはこれは、信長様の右腕自らお出迎えとは。本日も天下人の治めるこの安土は平和と見える。久方振りに帰還した身としても、喜ばしい限りだ」
要するに、そんなところで待っているとは暇なんだな、といった光秀のいつもの軽口を受け、腕組しながら果たしていつからそこで待ち構えていたのか分からない男、豊臣秀吉は眉間に深々と皺を刻む。
「何が喜ばしい限り、だ。白々しい。お前達が城を発って今日で六日目だ。そこまで長い間、凪を連れ回すとは聞いてないぞ」
「指折り数えて俺達の帰還を待ち侘びていたとは。お前の律儀さには、俺もついうっかり胸を打たれてしまうな」
「胸を打たれた経験のない奴が、心にもない事を言うな」
飄々とした様子で秀吉の言葉を流した光秀は、走り寄って来た家臣の一人が馬の手綱を手にした様を見て、ひらりと馬上を下りた。
そのまま凪が求める間もなく、両手を伸ばして彼女を軽々抱き上げ、馬から地へ下ろしてやる光秀の様子を目にして秀吉は僅かに双眸を瞠る。
ここまでの道行きなどの諸々で、凪自身はすっかり勘違いをしているようだが、光秀は基本的に面倒事を避ける為、ほんの僅か一部と処世術的対応を除き、誰に対しても当たり障りのない対応しかしない。
かといって、介助を求める女を放置する程冷たい男でもないが、必要以上に自ら積極的に手を伸ばすような性質(たち)でもないのだ。
怪訝というよりは、何処か困惑を帯びた秀吉の視線を受けた凪は、これまた全く別の意味で勘違いをしているらしく、地面へ降り立った後に身をぴしりと硬くする。
「ありがとう、光秀さん」
「ああ。……ところで秀吉、そんなところに突っ立って居たのは俺に小言を言う為だけではないだろう?用件はなんだ」
馬から下ろしてくれた事に対する礼を告げた凪へ短く相槌を打ち、おもむろに持ち上げてしまいそうになった自らの片手を抑えた光秀が秀吉へ振り返り、端的に問いかけた。