第3章 出立
探ってもキリが無さそうな腹の探り合いに考えを巡せる事も面倒になり、加えて段々と焦れてきた凪は、振り返った状態のまま、極力言葉を選び…しかし割と直球で問いかける。
「あの、もしかしなくとも光秀さん、私が本能寺の件の首謀者側か何かだって疑ってます?」
「ほう?何故そう思う」
疑念混じりに顔を顰める凪を見つめ、口元へ浮かべていた笑みの形を深めた光秀がわざとらしく片眉を持ち上げて意外そうに疑問を返した。
「質問してるのは私なんですが…まあいいか。別に根拠はないです。状況だけ見れば私が1番怪しまれる立場ですし、ていうか現に秀吉さん辺りはかなり疑ってましたし、光秀さんもそうかなって思っただけです」
「まあ、あの男はその暑苦し過ぎる忠義故、御館様の事となると少々物の分別がつかなくなる事があるからな。…俺としてはお前が仮に一件の首謀者に繋がるものであろうが、そうでなかろうが、あまり関係はない」
「え?」
秀吉の事に対して少し可笑しそうに笑った光秀の顔は、言い様とは裏腹に何かを含ませているというよりは、どことない眩しさが見え隠れしていたような気がした。意外にも感じる彼の表情に軽く目を瞠った凪が、続けられた光秀のそれに短い戸惑いを零す。
「お前が首謀者側だったならば問い詰め、その背後を辿るまで。手の内にあるものは駒としていかようにも使い道がある。尻尾を掴めないよりかは、余程良い」
(つまり小娘一人程度、懐に入り込んだところで支障はないし、なんなら逆に上手く利用してやる…って事ね)
乱世現役の人々にとっては、そういった事が日常茶飯事なのかもしれない。現代人にはなかなか理解し難い点ではあるが、いっそ清々しい言い分である。
「残念ながら、私はあの夜の件とは全くの無関係ですよ。そもそも、本能寺であんな事が起きてなければ、信長様に験担ぎだなんだって言われる事もなかったのに…軍議でも言いましたけど、被害者側です」
しかしながら疑われたままというのは正直気分的にも良くはない為、一応自己主張をして無関係を訴え、いまだ笑みを消さない光秀を真っ直ぐに見つめた。
眉根をぐっと寄せ、言い切った後で薄い色をした唇を引き結んだ凪の、逸らす事なく注がれる視線を受け止め、光秀は緩慢に瞬く。
(小娘の割に、随分と良い目をする)