第9章 帰路
凪は元々中学から高校まで弓道部に所属していた。その為、戦に通用するような高度な技術など持ち合わせてはいないが、扱えるには扱えるし、過去にもそれなりに良い成績を残している。
彼女の疑問を耳にして、光秀は僅かに目を瞠った後で何処か感心した様子のまま口を開いた。
「俺の性分を言い当てる程、お前が俺を観察していたとはな。知りたければもっと色々教えてやっても構わないぞ」
「別に観察はしてないですけど、普通に見てれば分かりますよ。私が乱世に来て一番一緒に居るの、光秀さんなんですから。そして余計な事は教えてくれなくて結構です」
「それは残念だ」
臆面もなく言い切った凪に対し、金色の眸を瞬かせた光秀は心に入り込む彼女の言葉へ内心肩を竦める。本能寺の一件の後、すぐに彼女を連れ出したのだから当然と言えば当然だが、そのような言葉を凪の口から聞くと心の奥底に潜む彼女にだけ向けられた優越が滲むのだから困ったものだ。
「…で、どうしてなんですか?」
問いの答えを促すような漆黒の眼に見つめられ、光秀は特別隠す事でもないと、今度は素直に口を開いてみせる。
「お前が弓を扱える事は最初から知っていた」
「え!?」
予想外の返答に驚き、凪の双眸が大きく見開かれた。
驚きを露わにした表情を見て取り、片手を手綱から離した光秀は鞍の先端に添えられた凪の片手を取り、彼女の手のひらが上になる形で返す。
光秀の手のひらの上へ自身のそれを置くような形となった凪は、大きさの異なる互いの手へ視線を向けながら不思議そうな面持ちを浮かべた。
一回り以上小さな手へ包み込むような形のまま、光秀が親指を彼女のそれへ這わせつつ、華奢な親指の付け根と小指の付け根辺りを指の腹で優しく撫ぜる。
「…え、まさか」
「この場所にまめが出来るのは、手の内を正しく使えているという事だろう。刀ではこの位置にまめは出来ない」
「確かに…」
何かに勘付いた様子らしい凪の呟きを他所に、光秀の親指はするりと彼女の親指と人差し指の間を辿った。
「特に親指の下全体の皮が厚くなっているのは、なかなかに使い込まれている事の証明となる」