• テキストサイズ

❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第9章 帰路



正直、ここまでの長い時間を一人の人間と共に過ごすなど身内以外には恐らく居なかったのではないだろうか。
元の時代であっても恋人と呼べる相手は過去に数人程居たが、社会人となってからは余計に同じ時間を過ごす事が難しかったような気がする。
それを、まさか恋人でもない相手とここまでの期間、寝食を共にするなど現代ではおよそ想像の付かない事だった。

そう、全く想像の付かない事であったのだ。

「あの、光秀さん…」
「…ん?」

あまり大声を上げすぎて馬を刺激するのは可哀想かと思い、通常の声量のまま、一応遠慮がちに声をかけた凪へ向かい、背後から穏やかで短い相槌が打って落とされる。
耳朶のすぐ傍で聞こえる音は柔らかささえ含んでいるような気がしたが、今の凪にそれを気にかけている余裕は一切ない、何故なら。

「ちょっと近すぎじゃないですか?」

文句を言う為、背後を僅かに振り返れば目線の先には着物の合わせから除く肌が間近に見える。しなやかな肉体を惜しげもなくそこから覗かせた男の格好はいい加減見慣れたものではあるが、いかんせん近い。
鼻腔をくすぐるのは自然の香り、草や風の匂いと男から香る嗅ぎ慣れた上品な薫物のそれだ。鞍に腰を落ち着けているとはいえ、元々の背丈が異なる為、ただ振り返っただけでは相手の顔を捉える事が出来ず、凪が視線を少しばかり見上げるようにすれば、そこにあったのは眩しい日差しを浴びて銀糸をキラキラと輝かせる端正が過ぎる男のかんばせである。

「お前が疲れた時、寄り掛かれるようにと思ってな」
「行きと同じ距離ですし、乗馬は慣れてるからそこまで疲れません。寧ろ暑いです」

いつものように真意の見えない笑みを浮かべ、飄々と言ってのけた光秀に対し、眉根を顰めた凪が淡々と返した。
摂津で散々腕に抱きつくような形で歩いたり、手を繋いだり、酒席でもほとんど密着状態であったりなど、今の距離感よりも更に近いところに居たから今更何だという話ではあるが、もう摂津の潜入は終わったのだ。にも関わらず、この距離感はどうもおかしい。

「…というか、行きなんて全然こんな近くなかったじゃないですか。寄り掛かりませんから、普通に戻って大丈夫ですよ」


/ 903ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp