第8章 摂津 肆
しかし凪はそれでも、あの時の行動が間違っていたとは思えないし、思いたくなかった。
「無謀な事をしたのは…ごめんなさい。でも、自分でやるべきだと思ったから、そうしたんです」
「…………」
光秀は何も言わない。
ぽつりと落とされた音の先を静かに促しているかのようで、二人の間に落ちた沈黙がその空間を支配する。一度俯き、視線を板張りへ投げた凪が、決意した様子で顔を上げ、真っ直ぐに金色の眸を見つめ返した。
「役に、立ちたかった」
毅然とした強い眼差しが光秀を射抜き、言葉が鼓膜を打つ。
誰の、などと問うのはあまりにも無粋であり、そんな事を彼女の口から聞かずとも光秀が理解出来ない筈がない。
(俺が馬上で話した事を、確認する為に)
ただその一心で、凪はたった一人丸腰で、武器を持った男を相手に対峙したというのか。
瞠った金色のそれが揺れ、内側からこぼれ落ちる熱が指先を震わせた。その熱はゆっくりと血を巡るようにして身体の芯から広がり、光秀の身体を半ば無意識下で動かす。
二人の間に出来たこの小さな距離がもどかしい。
そう思うと同時、光秀の両手が凪の両頬を優しく捉える。身を寄せて顔を近付け、包み込んだ彼女の驚いた色を乗せたかんばせを軽く上へ向かせた。
見開かれた漆黒の眼に、彼女を見つめる己の姿が映り込んでいる。その男はただ真摯な面持ちを浮かべているかのように見えたが───本人である光秀には、酷く余裕のない男の顔に見えた。
(弱き立場のお前が、見知らぬ地でこうも強くあろうとする)
「光秀さ…、」
それは光秀にとってとても眩しく、美しい姿に映る。
誰かを思って力を奮える事の出来る凪の、真っ直ぐでひたむきな様は男の心をしたたかに打った。
湖面に落とされた小さな雫が幾重にも波紋を広げていくように、確実にそれは大きくなり、光秀の心を次第に波立たせていく。
波打つ事に心地よさを覚えてしまっては、静かな湖面になど、もう戻れそうにはない。
淡く柔らかい唇が光秀の名を呼びかけ、途中で途切れると男はそのまま顔を傾け彼女のそれへ近付き、吐息の交わる距離で一瞬止まっては、頬へと唇を寄せた。