第8章 摂津 肆
作業の様子を流した視線で少しの間見ていた光秀だったが、やがて凪へ意識を戻した。
「お前の手当てをする。一度城へ戻るぞ」
「私はなんとも…っていうかそれを言うなら光秀さんでしょ!お城って解毒薬とかあるんですか?」
告げられたそれへ頷きながらも、ふと最初に切り替えされてしまった二の腕の怪我の件を持ち出しながら、凪はひとまず手にしていた簪を袂へ仕舞うと光秀へ数歩近付く。
彼女の発した解毒薬、の単語へ感心したよう目を瞠った光秀は、近寄って来た凪を見つめた。
「…あれに毒が塗ってあったと、よく気付いたな」
「なんか変な匂いがしたので。とにかく解毒!凄い毒だったらどうするんですか」
「この程度の毒なら問題ない。大方神経を鈍くする類いのものだろう。そのうち自然と抜けて行く。────…それよりも」
途切れた言葉の先は、小さな悲鳴によってかき消される。
光秀の腕が近くにいた凪を捉え、そのまま膝裏と背へ回されると軽々抱き上げられた。
身体が一瞬だけ浮遊感に包まれ、一気に目線が上がったと思えば凪の身体は光秀によって横抱きにされる。
「えっ、あの、何してるんですか…っ」
「見ての通りだ。…ああ、俵担ぎの方が良かったか?それは気が利かず、すまない事をしたな」
「それもそれでどうかと思いますけど…自分で歩けるから大丈夫です…っ」
いわゆる姫抱き状態の凪の抗議を光秀はいつもの調子で飄々と受け流す。どちらも結局担がれる、あるいは運ばれる体勢である事に違いはなく、複雑な面持ちの凪であったが、問題はそこではない。
しかし、彼女の主張を無視しておもむろに歩き出した光秀は、些か厳しい視線で凪の足先を見やり、眉根を寄せた。
「この血塗れの足でか?」
「言う程まみれて………うわ、凄い」
光秀の視線を辿り、自らの足先へ視線を投げた凪も否定しかけて思わず素直な感想を零す程である。
黒装束の男達に追われていた時から気付いてはいたが、あれから更に悪化したらしく、白の面積の割合が鼻緒の部分だけ赤に押され始めていた。
「いいから大人しくしていろ。男の面目を潰してくれるな」
「……はい」