第8章 摂津 肆
凪の言葉を怪訝な面持ちで聞いていた光秀だったが、続いたそれを耳にした刹那、鋭く双眸を眇める。
「……そうか、大方話は検討が付いた。八千殿が何故それを知ったか改める必要があるな」
「…そうですよね、でもあの人はもう…」
一度瞼を伏せた事で目元へ走らせた険を消し去った光秀は、彼女の言葉でおおよその事を理解したのだろう、小さく頷いてみせた後、その話については触れようとしなかった。
八千の事を思っているんだろうか、凪は複雑そうな面持ちで表情を曇らせる。つい先頃まで会っていた男が死んだと聞かされれば、誰であってもこのような面持ちになる。
しかし、凪の表情に滲んでいたのはそれだけの感情ではないような気がして、光秀は内心で僅かに眉根を寄せた。
その違和感とも言える答えは、彼女の髪に挿されている見覚えのない簪が知っているのだろう。
(八千殿が確かに亡くなられたのは、襲って来た男達の様子を見れば明らかだ。俺が手を下したと偽りを掴ませ、ここまでわざと追わせたとなれば、恐らく…───)
「…ところで【芙蓉】、これはなんだ」
「え?」
ここに来て突然芙蓉の名を出された事に驚き、思わず目を瞠った凪が零した疑問を拾い上げはせず、光秀は彼女の後頭部へ手を伸ばし、紫陽花の簪の横に挿されているもう一本の簪をそっと引き抜いた。
これ、と言葉で指し示していたものを見せるよう、手にしたものを凪の前に持って来ると、光秀の手に握られた簪を前にして彼女は不思議そうに大きな眸を瞬かせる。
「…なんですか、これ」
「ほう?質問に質問で返して寄越すとはお前のおつむも回るようになったものだ。あるいは俺と共に居過ぎて癖でも伝染ったか」
まったく覚えがないと言わんばかりの凪の表情を見れば、それは偽りではないのだろう。つまり、この簪の贈り主は彼女に気付かれぬようそれを髪に挿したという事になる。そうなれば、どのような状況で贈られたかなど、容易に想像出来るというものだ。
片眉を持ち上げて至極感心したと言わんばかりの男を前に、覚えのない事へ焦燥した彼女は誤解だと必死に言い募る。
「え、いやそういう訳じゃ…!」