第8章 摂津 肆
押しやられるままに座り込んでいた凪は、高い草と木の間から見える光秀の立ち回りを後悔と共に見つめた。
黒装束の男達は光秀の周囲を囲うようにしていて、形勢としては素人目から見ても多勢に無勢といったところである。太刀を手にし、間合いへ踏み込んで来たものへ素早く優雅な一閃が繰り出され、白い袴と着物がひらりと翻る様は、さながら舞闘のようであり、無駄のない素早い所作から繰り出される一撃一撃が的確に男達を地に伏していっていた。
しかし、光秀の立ち回りを見守っていた凪が不意に何事かの違和感を覚え、眉根を寄せる。
無駄のない動きは相変わらずであったが、時折光秀の対応がほんの一瞬だけ遅れている時があった。次第に高まる不安に、視線を巡らせた凪は地面に突き刺さったままである矢へ意識を向け、静かに立ち上がると気付かれないようそれを引き抜き、木陰へと戻る。
矢じりへ鼻先を近付け、すんと軽く匂いを嗅ぐと微かな鼻をつく匂いに眉根を寄せた。
「これ、もしかして何か塗ってる?」
怪訝な色を乗せて小さく零すと、再び凪は光秀へ意識を戻す。相変わらず無駄のない動きで応戦をしているが、時折左腕の反応が遅れる時があった。凪が【見た】時とは異なり、彼の白い着物の袖にはいまだ赤色は滲んでいなかったが、それでも目の当たりにした光景を思い返し、凪はそっと唇を噛み締める。
(私の所為で、ついた傷だったんだ)
あの光景は、光秀自身が引き金になったわけではない。
凪がその場に居て、彼がそれを庇った事でついた傷だ。その現実を今まさに目の当たりにし、無意識の内に握りしめていた拳が小さく震える。
「……なにが、気を付けてください、だ」
ひとつひとつの行動が積み重なって、今がある。
凪がここに逃げ込まなければ、すぐに何処かへ隠れるように動いていれば、庇われるような形にならなければ。
湧き上がった可能性の選択肢を一瞬一瞬で決めて来たのは間違いなく自分で、それが今に繋がっている事実にそっと奥歯を噛み締めた。
握っていた矢を唐突に放り投げ、凪は光秀を再び仰ぎ見る。
そうして少しずつ倒されていった事により人数が減った男達が更に間合いを詰めて来た光景が、脳裏にある記憶と合致した。
「ッ!」