第8章 摂津 肆
「矢!?」
完全に向こうはやる気だ。そういえば男達の中には刀以外に弓を背負っていた者も居たような気がする。
つい声を上げて突き刺さったものの名称を発してしまった彼女は、竦み上がりそうな恐怖を堪えて走り出した。しかし、恐怖と焦燥とで上手く動かなかった足が言う事をきかずにもつれ、更には両足の痛みに一瞬身を硬くしてしまった事もあり、凪はそのまま地面へ倒れ込むようにして転んでしまう。
「…いッ、た…!」
幸い何処も擦りむいたり大きな怪我を負ったわけではなかったが、転んだ事で一気に距離を詰められたのだろう、弓を背負った男の一人が抜き放った白刃を掲げ、凪へ迫る。
「…ッ!」
痛む身体を引きずり起こし、転んだ際に地面へ付いた片手で咄嗟に握り込んだ砂を男の目を目掛けて勢いよく投げた。
「ッ、うわあッ!!」
直撃した砂掛け攻撃に堪らず両目を押さえて声を上げる男の隙を突き、駆け出した凪の背後を別の男が追いかけて来る。待て!と怒声を上げた男の声に肩を震わせ、思わず背後を一瞬だけ振り返ったと同時、覚えのある薫物の香りと清廉な白が凪の視界を埋め尽くす。
「屈め…!」
鋭さを帯びた低い、しかし耳によく馴染んだ声に短く告げられると、半ば反射的に凪はその場で屈み込んだ。
刹那、空を切る鋭い音と共に真白な袴の裾を翻しながら彼女の元へと駆けつけた男の鋭い回し蹴りが迫りくる襲撃者の身体を容赦なく吹っ飛ばす。
「ぐあッ!?」
短い呻きと共に無残に吹っ飛ばされ、近くにある木の幹へ勢いのままに身体をぶつけた男はそのままぐったりとして意識を手放したようだった。
その鋭く鈍い音に肩を跳ねさせた凪だったが、おもむろに顔を上げた先、自らの隣に立つ真っ白な着物とすらりとした長身の、美しい立ち姿を目の当たりした瞬間、彼女の噛み締めていた唇が僅かに震える。
「…っ、みつ、ひでさ…」
白袴と着物の袖を蹴りの勢いによる余風になびかせ、男達へ鋭い視線を向けていた光秀の金色の眼が鼓膜を打つ小さな声を拾い上げ、振り返った。