第8章 摂津 肆
(って、武器!?)
八千は錫杖を手にしていたが、凪へそれを向けて来る気配はなかった。しかし今目にした男達は明らかに人を傷付ける得物をそれぞれ手にしていて、その事実につい凪は背後を二度見する。
自分を追っているのか定かではないが、とにかく今度こそ本格的に危険を感じ、凪は極力気付かれないよう身を屈めた状態で音を立てずにそっと移動を開始した。
初夏という季節柄、草の背丈が高めな事が幸いし、小柄な凪であれば背を低めていればあまり目立つ事はない。木の影を使って上手く移動を進め、距離を取ったところでふと何かに気付き、彼女は思わず振り返った。
目にした男達の黒装束には、確かに見覚えがある。
(あの姿、まさか…!!)
黒装束に、顔が分からないように隠された口元。それは、川辺で【見た】光景の男達のものと相違ない。
嫌な音を立てて早鐘を打ち始めた鼓動に唇を震わせた。脳裏に幾度も過ぎるあの恐ろしい光景がまるで目の前で流れているような錯覚に陥り、凪の注意力が散漫になる。半ば反射的に身を引いた拍子、木の幹に彼女の髪へ挿された簪がぶつかって微かな音を響かせた。
「───…っ!!」
「何者だ!!!」
凪が息を呑むのと、鋭い声が飛んで来たのはほとんど同時である。複数の男達が一斉に音のした方向へ向き直り、殺気立った様子で周囲を見回す。
(やばいまずい怖い!!)
一気に様々な感情が湧き上がり、ほとんど条件反射で立ち上がった凪はそのまま脱兎のごとく駆け出した。
「何者かは知らんが追え!捕まえろ!!」
(何者か知らないなら放っておいてよ!!)
茂みの中から立ち上がって駆け出した凪の姿を発見した男達が声を上げて一斉に彼女の背を追い、走り出す。その声を背で聞きながら、つい内心で激しく突っ込んでしまった凪であったが、そんな事実際に口に出来るわけもない。直進せず、木々の間を縫うようにしてなんとか逃げていた凪だったが、不意に背後から何かが空を切る高い音と共に迫って来たのを感じ、反射的に幹へ背を預けた。
カン、と鈍い音を立てて丁度凪が身を隠した幹へ突き刺さっていたのは紛れもない矢であり、視界の端にそれを捉えた凪の顔色が一気に悪くなる。