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❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第8章 摂津 肆



「…っ、ぐッ…中川殿、何故あの御方を逃したのです…!」

額へ鋭い殴打を受けた八千は、ようやく昏倒していた状態から意識を取り戻し、片手で患部を押さえながら声を発する。
未だ完全に回復しきっていないのだろう、ふら付く身体を叱咤して錫杖を頼りに立ち上がった男の、諦めていない血走った眼を視界に映した清秀は、何の感情もない様子で口を開いた。

「……ああ、目が覚めたのか。いっそあのまま地に伏していた方が、あまり痛みを感じずに済んだかもしれないのに」
「答えられよ!貴殿はあの御方の価値を知って尚、見逃したというのか…!」

喉を嗄らす勢いで発せられたそれが鼓膜を打っても、清秀はひくりとも表情を動かさない。男は吼える八千を見ていたようでその実、灰色の眸には何も映していなかった───ある言葉を耳にするまでは。

「あの子の、価値?」

感情の色を失った清秀のそれは、元々整った容姿も相まって何処か造り物めいている。白藍色の長い髪が風に揺れ、首を傾げた事によって肩に一房乗ったそれが雪解けのように零れ落ち、灰色の眼に淡い色が灯った。
薄く形の良い唇は肌の色と相まって色素が薄く、あまり健康的な色合いとは言えないが、それが却って危険な色香を放っている。発せられる低い声に、ほんの僅か艶が乗った事など恐らく気付いていないだろう八千は、それでもようやく男の意識が凪へ向いたのだと思い、畳み掛けた。

「左様、あの御方は天眼通をお持ちだ。こうして私の前に現れてくださったのも、御仏のお導きに違いない!」
「天眼通…ね。正直、あまりそういうものには興味がないな。…ああでも、お導きが運命っていう意味なら、それはなかなか魅力的な言葉だ」
「ご理解いただけたようで何より。さすればこそ今からでもあの御方を…────」

それは、瞬き程にも近しいほんの一瞬の出来事だった。
運命を音にした清秀の口元に、薄っすらと冴え冴えしい笑みが刻まれる。それを目の当たりにし、このまま凪を追い掛けるべきだと進言しようとした男の言葉が不自然に途切れ、やがて静謐(せいひつ)した。
どさり、と地面に力なく倒れ伏す鈍い音が静寂の森へ響き、やがて一切の音が絶たれる。

次いで、何処とない喜色を浮かばせたまま両目を見開き、そうして事切れた男の首元に刻まれた真一文字の細い傷から雨のように真紅が散った。

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