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❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第8章 摂津 肆



「ひとときの逢瀬もそろそろおしまいかな。このまま真っ直ぐ、あの蔵のところまで進んで行くといい。きっと光秀殿もそこに来る筈だ」
「なんでそんな事、貴方が知ってるんですか」
「言っただろう?私達はどこか似ている。……君に嘘をついたりはしないから安心して。あの男には、私が話をつけておくよ」

あの男、と言って視線を流しながら指し示していたのは、もう間もなく覚醒の気配を見せている八千の事である。
さすがにこのまま八千が起き上がって来たら面倒だと判断したのか、凪は逡巡した様子を見せるも、清秀の言う通り光秀が来るかどうかはさておき、蔵があった方向へと進む為に歩き出した。
八千へ意識を向けながら、清秀は自身とすれ違う彼女の鼓膜をかすめるよう、艶めいた低い声で囁きかける。

「光秀殿によろしく。芙蓉、君に宛てたものに一切の偽りはないと、彼にそう伝えて」
「…え、」
「さあ、早くお行き」

問いかけを封じるように清秀が凪を促した。
釈然としないものを抱えながらも伝言と思わしきものを脳裏へ刻み、痛む足を叱咤しながら走り出す。数歩離れたその距離で一度立ち止まり、僅かに振り返った凪は眉根を寄せた憮然とした表情のままで清秀へ向け、小さくぶっきらぼうに音を発した。

「……どんな理由にしろ、助けてくれた事は感謝してます。…ありがとう、亡霊さん」

それだけを告げ、返事を待たずに駆けて行く小さな背中へ一度振り返り、僅かに瞠った眼を幾度か瞬かせた清秀はやがて、目元を何処か柔らかく綻ばせると瞼を伏せる。

「…どうせなら、名前を呼んで欲しかったな」

柔らかな弧を描く口元をそのままに囁きを落とし、凪の気配が少しずつ遠ざかっていくのを確認した後、清秀は不意に端正な美貌へ浮かべていた感情の一切を消し去った。
鋭利な刃の如き怜悧な灰色の眼を巡らせた先、冷たい視線の先に居たのは、緩慢に身を起こした男。
凪へ見せていたものとはまるで異なる面持ちを浮かべた清秀は、やがて微かな呻きを上げながら意識を取り戻したらしい八千へと、その一歩を踏み出したのだった。

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