第8章 摂津 肆
(…やはり女中や家臣達の姿がない。外へ出さず留め置くとなれば)
「九兵衛」
「はっ、ここに!」
一室一室を見回りながら城の状況を確認して回っていた光秀の声に合わせ、九兵衛が並走する。油断の無い眼差しで辺りへ視線を配っていた光秀は、一度視線だけを部下へ投げた後で声をかけた。
「地下牢へ向かえ。本来城に仕えている者達は恐らくまだ城内に居る」
「かしこまりました。急ぎ救出に参ります」
「頼む」
地下牢へ繋がっている廊下への角を曲がって行った部下の姿を見届けると、そのまま本丸御殿へ繋がる廊下へ向かい、光秀はここまでに至る道中、案の定というべきか、見つける事の出来なかった姿へ僅かに眉根を寄せる。
自らを有崎城の亡霊と称し、城下へ部下を使って噂を流していた清秀が、十中八九この城を拠点にしていただろう事は、想像に易い。
加えて、光秀達が蔵の一件を突き止めた段階で何らかの形にて次の動きがあるだろう事は分かっていたが、まさかここまで早いとは、さすがに計算外であった。否、本当は何処かで分かっていたのかもしれない。
(金で雇った手足とは言え、己の側に付いた者であっても躊躇いなく切り捨てる男だという事は、とうに理解していた)
そもそも、中川清秀という男に一般的な良心があるなどと考える事こそが愚かなのだ。しかし今回、光秀が即座に警戒したのは、城側の動きではなく、むしろ凪の方だったのである。
あの男が何者にも興味を示さない事を光秀自身、過去の接触によりよく知り得ていた。だからこそ凪への反応は光秀にとっても予想外であり、警戒をいっそう強める事となる。
単身で乗り込む事もやぶさかではなかったが、そうなると長い間凪を一人にしてしまう事となってしまう。それだけは避けたかった。
だからこそ九兵衛が連れ帰る部下の到着を待っていたが、男の身柄を捕えるには一足遅かったらしい。
辿り着いた本丸御殿の襖を荒々しく開け放った光秀だったが、そこにあるのは整然とした空間のみだ。
荒れた様子も、また荒らされた様子もない一室は以前、謀反を治めた後で信長の代わりに訪れた時と同じ光景が広がっている。
油断のない厳しい眼差しで視線を巡らせていた光秀だったが、ふと捉えたものに眉根を寄せ、目元へ険を乗せた。