第8章 摂津 肆
冴え冴えとした笑みを口元に刻み、眇めた切れ長の双眸でぐるりと家臣達を見回すと、光秀が静かに告げた。
静寂の中で落とされた開戦の狼煙は、家臣達の士気を自然と高め、勝利を確信させる。それは己の主君が戦において絶対的な力を発揮すると信じているが故のものであり、その手足となれる役目を負う事が出来た自分たちへの誇りによる高揚感から生まれるものだ。
一瞬にして統制の取れた張り詰めた空気感が肌を撫ぜ、長い睫毛を一度伏せた光秀は、再びそれを持ち上げた時には口元へ刻んでいた笑みをそっと消し去る。
「目的は制圧ではない。あくまでも城内の何処かに囚われているであろう池田殿の救出だ。城門突破ののち、手筈通り二手に分かれる。各々、心してかかれ」
「───…はっ!」
家臣達の声を聞き、白袴の裾を翻した光秀は目の前にそびえる修復過程の城───嘗ての謀反の折、籠城戦の舞台となった有崎城を真っ直ぐに見据え、止めていた歩みを踏み出した。
「敵襲!敵襲───!!」
城門から堂々と足を踏み入れた光秀と家臣達の前で、門番と思わしき男達が荒々しい声を上げる。
一瞬にして喧騒に包まれた城門だが、どう考えても城の守りはお粗末なそれであり、目の前で声を張り上げる数名の門番達以外、誰も応援にやって来る気配がない。
「な、なんで誰も出て来ねえ!?」
狼狽える男達を前に、既にそれを突破と判断した家臣達が告げられていた通り数名離れ、別行動の為に動き出した。
それを追うことすらままならず、身なりの粗末な門番は手にした長槍を間合いの範囲外で光秀へ突きつける。
「おやおや、一年もの間籠城戦に耐え抜いた、かの堅牢な有崎城の城門が、こうも無防備とは。お前達を指揮する将の程度が知れるというものだ」
「てめえ、何者だ!?」
長槍の切っ先を突き付けられて尚、一切の動揺を露わにしない光秀が至極面白そうに笑いながら言葉を並べた。
煽られている事が分かっているらしい門番の内、一人が怒りを露わに声を張り上げる。
仮にも織田領である摂津国、有崎城勤めの兵士が明智光秀の姿を知らぬ筈がない。男がそんな事を叫んだ時点で、彼らがこの有崎城の本当の兵士でない事など明白だ。