第8章 摂津 肆
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城下では人々が次第に動きを見せ始める時分。
晴れ渡った高い空には白く薄い雲がゆっくりと風に流されている様が見て取れ、覗いた太陽は透き通った光を惜しみなく地上へ注ぎ始めており、その様を目にしただけで、今日もまた少し気温が高くなるであろう事が予想される。
とはいえ、まだ太陽は完全に昇り切っていない為、日中に比べれば幾分かは過ごしやすく、時折吹き付ける風は存外心地が良かった。
光秀が凪を残して来た宿を後にして、およそ半刻と少し。
白い袴の裾を揺らした男に続いていたのは十名あまりの家臣達だった。
彼らは先日から姿を見せていなかった九兵衛によって安土から連れて来られた、光秀の家臣達の中でも精鋭と呼ばれる部類である。
戦時であれば日頃腰から下げている火縄銃で装備を固めているのだが、光秀は勿論、家臣達の装備もまた、太刀と脇差の類いとなっていた。それは、いまだ三年前の大戦の爪痕が箇所箇所で見られている有崎城下の人々を気遣っての判断であると知っているのは、恐らくこの場で光秀の後に続いている数名の家臣達だけだろう。
光秀に続いていた九兵衛は、先頭を切って颯爽と歩みを進める自身の主の横顔をそっと窺い、念を押すかのように問いかけた。
「……まこと、たった数人で向かわれるので?」
決して短い付き合いではない九兵衛である。主の返答など、正直に言えば聞かずとも分かっているのだが、彼の身を案じるからこそ口に出さずにはいられなかった。
背後に続く九兵衛以外の家臣達へ聞こえないよう、微かに笑って見せた光秀は横へ視線を流し、いつもの如く飄々とした様で言葉を返す。
「どうした、今更怖気づいたか?そもそも今から援軍など呼んだところで無駄足を踏ませるだけだろう」
「……相変わらず無茶をなさる御方だ」
「無駄を省く性分なものでな」
光秀の言葉に、これ以上何を問うたところで無駄だろうと思い至った九兵衛の溜息混じりなそれへ、光秀はただ一言返して笑みを深めるだけだった。
そのまま無言でしばらくの間歩み進んだ先、恐らく宿を発ってから一刻半に差し掛かろうとしたところで、ようやく見えて来た目的地を一瞥した後、おもむろに足を止めた光秀が背後を振り返る。
「……さてお前達、亡霊の後始末といこうか」