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❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第8章 摂津 肆



つま先立ちを直し、掴んでいた長布を手放した凪は照れ隠しのように眉根を寄せ、憮然とした面持ちを浮かべていたというのに、言葉を発さない男の様子を目の当たりにすれば、やがてしてやったりといった様子で黒々とした猫目を悪戯に眇めた。

「びっくりしました?散々摂津で意地悪されたお返しってヤツですよ」

───…可愛いお前を心から案じた俺に、褒美の一つくらいくれてもいいとは思わないか?【芙蓉】

先日のやり取り、そこで己が発した言葉が脳裏を過ぎる。
冷えた指先がじんわりと熱を持ち、彼女の柔らかなそれが触れた箇所がじくりと疼いた気がした。

目の前で微かに口元を笑ませる凪を前に、光秀は果たして何と言ってやろうかと思考を僅かに巡らせ、やがてそれを止める。

「……わっ!?」

自然と動いた手が、先程そうしていたように彼女の両頬を捉えて上を向かせ、自分から距離を一歩縮めて瞼を伏せた。
前髪を払い除ける事もせず、そのまま光秀が凪の額へ唇を寄せる。

「ちょ、ちょっと!?」

やり返される事を想定していなかった凪の焦った声が鼓膜を打ち、寄せた唇をそのままに微かな吐息を零した。
そうしてゆっくりと唇を離し、包み込んだ頬の内、片方をするりと撫ぜて凪の顔を間近で覗き込む。

「残念だったな。次はやり返されない意趣返しを、その小さなおつむで考えておく事だ」
「……っ!!!?」

耳朶を低く撫ぜる艶の乗った囁きが凪の目元に朱を散らさせた。揶揄の色が濃いそれへ凪が反論する間もなく、彼女を解放して身を翻した光秀は、己の腰に差した刀の柄を親指でするりと撫ぜ、僅かに振り返る。

「行ってくる」

言葉を失くしているなどお見通しだ、と言わんばかりに光秀は凪の返事を待たなかった。
視界に映り込んだ朱を散らす彼女の表情は男の気分を良くするには十分過ぎるもので、部屋を出た後、閉ざした襖の向こうで凪が何かに躓いて転んだのだろうその音を耳した光秀は、肩を竦めるようにして気付かれぬよう小さく笑ったのだった。

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