第7章 摂津 参
「お前の言い分は分かった。…ただ、この件については信長様にだけはお伝えしなければならない」
「いいですよ、光秀さんの主君ですもんね」
何処か硬い表情で告げる光秀を前にして、凪はあっさりと肯定する。そもそもこんな事を光秀一人が知って黙っている事など出来ないだろう事は何となく分かっていた。
「…随分とあっさり認めたな」
「信長様は言いふらすような人じゃないと思いますし。…光秀さんも」
告げた言葉に偽りはない。
ただの勘と言っても過言ではないが、光秀が主君と仰ぐ程の人物であるならば、恐らく問題ないと感じたのだ。そうでなくとも、危険があると判断した人物には、いくら主君だったとしても光秀はその秘密を容易に明かすとは思えなかった。
相変わらず真っ直ぐに向けられる信頼は光秀の心の奥底を騒がせる。
握り込んでいた手首を解放してやりながら、光秀は顔を横へと背けて瞼を伏せた。
長い睫毛が白い肌へと影を落とし、微かに揺れる。吐息と共に零された言葉には呆れの色が滲んでいた。
「…まったく、度し難いお人好しだ」
落とされたそれに双眸を瞬かせていた凪だったが、ふと現在の己の体勢を思い起こし、自覚してしまえば途端に湧き上がる羞恥を押し殺して眉根を寄せる。
「ていうかいつまでこの体勢でいればいいんですか?もうお仕置きいい加減終わりましたよね」
「……おや、すっかり馴染んでいたものと思っていたんだがな。何なら、このままここで夕餉を食っても構わないぞ」
今更気付いたのかとでも言いたげな調子で正面へ向き直り、片眉を持ち上げてわざとらしく口角を上げた光秀が揶揄を投げた。
「遠慮します…!!」
思い切り拒絶の言葉を吐いた凪は下肢と片手に力を込め、光秀の胡座の中からようやく脱出する。
お仕置きという名目のそれから解放された事に小さく息をつき、軽く乱れてしまった小袖の裾を直している凪を見つめ、光秀は視線を茜色に染まりつつある庭先へ向けた。
「……妙な縁(えにし)もあったものだな」
ぽつりと口内でだけ零された小さな音は、凪には届かない。
しかし何かを光秀が告げたようだと思った彼女が裾を直していた体勢を整え、不思議そうに眸を瞬かせる。