第7章 摂津 参
ふと光秀の言葉が途切れた。
見開かれた視線の先、そこにあったのは光秀の唇付近へ寄せられた凪の人差し指で、つい先刻も同じように言葉を封じられた事を脳裏へ過ぎらせ、男の視線が僅かに険を帯びる。
「約束の内、二つ目は善処します。でも一つ目は約束出来ません」
二つ目、と示す際に男の口元付近にある指を二本に増やし、そうしてそれが一本へと戻った。
光秀の視線を真っ直ぐに受け止め、それでも怯む様子もなくはっきりと言ってのけた凪は、漆黒の眸に強い意思を乗せて続ける。
「自分が使うべきだと思った時にはきっと迷いなく使います。でも、無理しすぎて迷惑をかけるのも嫌なので、状況に応じてちゃんと自制はするつもりです。周りにもバレないよう、気を付けます」
「…………」
光秀は何も言葉を発しなかった。
凪の言葉を安易に否定し、押し付ける事をするのは彼女の意思を無理矢理曲げてしまう事と同義だ。
それでなくとも、自ら決めた事は後悔しないと言ってのけ、光秀自身を信頼するなどとはっきり告げてしまうような性格なのだから、ここに来て彼女が意見を変えるとも思えない。
(……お前は、本当に)
凪を守るのは、信長の命であると共に、弱きを守ると遠い昔に決めた己の義から来るものである筈だった。
それは言い方を変えれば義務にも似ていて、五百年後からやって来た事実を耳にした時には、それが更に強まった気すらしていた。
(五百年後の世へせめて傷付く事なく、いつかは帰してやる事が、巻き込んでしまった俺のしてやれる唯一だと、そう思っていたが)
凪の飾り気のない真っ直ぐな言葉に触れる度、彼女の愚直な強さを知る度───見えて来た彼女の素顔を知る度、少しずつ、しかし確実に変わって来ている感情が、ゆっくりと心の奥底に溶けて行く。
(────……どうやら俺は、思っていた以上にこの娘の事を気に入っていたようだ)
光秀は口元付近にある凪の人差し指を退けさせるよう、手首をやんわりと掴んだ。すっぽりと包み込めてしまう華奢な手首が、光秀の行動によってひくりと震える。
それに気付かぬ振りをして、彼は凪の手をゆっくりと下ろさせた。