第7章 摂津 参
現代でいう連絡機器や映像通信、少し進んだ時代から出て来る望遠鏡や双眼鏡などが一切存在しないこの時代でそれだけの情報を得る事が出来る事実は、策士兼武将という立場にある光秀にとっては背筋が冷える心地であった。
とはいえ、凪の発言には引っ掛かる事がある。
鷹揚に頷く凪の眼を真っ直ぐに覗き込み、光秀が低い声色で音を紡いだ。
「戦に携わる者は勿論、そうでなくても誰もが喉から手が出る程に欲する力だな」
「…そう、かもしれません」
「だが…お前の口振りから察するに、扱いには相応の対価が必要、という事か」
凪自身はこれまで深く考えては来なかったが、情報を得る手段が現代に比べて圧倒的に限られている戦国時代にあっては、彼の言う事は間違いないのだろう。
ほとんど確信的に告げられた言葉へ弾かれたように顔を上げた凪は、自らを見据える男の眼差しを受けて小さく頷いた。
「…近ければそうでもないんですけど、距離が遠くなればなる分だけ、見る時間が長くなればその分だけ、なんというか…消耗します」
「具体的には」
何処となく凪にしては歯切れの悪い返答を耳にし、光秀の目元が鋭利な気配を帯びる。
光秀の視線から逃れるというより、過去の記憶を手繰り寄せる意図で顔を僅かに伏せた彼女が悩みながら口を開いた。
「それを使ったのは正直、森で迷った子供の頃の一回だけで、あんまり記憶がないんですけど…多分目眩と貧血が一気にやって来たみたいな…そんな感じです」
「…そうか」
つまり、凪の話を簡潔にまとめると強制的に【見る】ものと意図的に【見る】ものでは消耗の具合がかなり異なるという事だ。
加えていずれの場合も、特に意図的の場合は【目】を使っている最中、凪自身がかなり無防備になる。
(情報は時に、良し悪しに関わらず盤上を覆す一助となる。だが、それは同時に諸刃の剣だ。場合によってはこの娘一人を得る為だけに、多くの力が動き出す)
短い相槌を打った後、光秀は何事かを思案した様子で一度押し黙った。
真摯な表情のままで唇を引き結んでいる男の表情を前に、凪は胸中へ微かな不安を燻ぶらせる。なにせ、彼女が告げた通りここまでの事を誰かに打ち明けたのは初めての事だ。