第7章 摂津 参
何となく、硬くなった空気を和ませる為の茶化しだと分かっていたからこそ、軽口を返せた凪だったが、一拍の後、光秀の顎に添えられていた大きな手のひらが彼女の頭をふわりと労る様子で撫ぜ、言葉を失う。
光秀の行動の意図が一瞬理解出来ず、思わず問いを投げかけようとした凪が唇を僅かに動かしたと同時、まるでそれを制するかのように、男が音を重ねた。
「それで、もう一つの隠し事とやらは何だ」
「…あ、えーと」
静かに先を促す様子に、つい凪は結局発する事の出来なかった言葉を呑み込んで一度濁した音を発する。
先程一瞬だけ覗いた茶化しの色は無く、注がれている金色の眼には真摯な色が戻っていた。
それ以上掘り返して問いかける事の出来ない雰囲気を作り上げた男に物言いたげな視線を向けた後、凪は一度緩慢に瞬きをして、口を開く。
「昨日、子供の頃に迷子になった事があるって言いましたよね」
「……ああ」
「無事に戻れたのは、森の出口が【見えた】からなんです」
「どういう事だ」
凪の発言に対し、さすがに怪訝に思ったらしい光秀の眉根をそっと寄せられた。
彼の反応は至極当然のもので、どのように説明するべきかと困ったように笑った凪は、出来るだけ相手へ伝わるよう思考を巡らせる。
「【目】を使えば、自分が向いてる方角に限り、遠くの景色を視界の範囲分だけ見る事が出来るんですよ。…例えばこの場所で安土城の方角を見ると、そこそこ頑張れば安土城の様子が見える…みたいな」
「……さながら天眼通(てんげんつう)だな」
「天眼通って、確か千里眼と同じような意味ですよね?まあそんな感じかもしれないです」
驚きと感心が綯い交ぜになったような声を発した光秀のそれは確かに、言い得て妙といったところだ。
凪自身はそこまで深く考えた事などなかったが、この時代は実際に斥候や間諜を飛ばし、敵陣や敵国の情勢を探って有益な情報を得る。
しかし彼女の───天眼通を使えば遠くに居たとしても敵に気付かれる事なく、敵の陣形や規模、あるいは地形までをも把握出来てしまう。