第7章 摂津 参
瞼を伏せたままで低く落ち着いた声色が溢れる。
一度は大した事がないと断った凪であったが、重ねられた言葉に込められた意味に気付き、すぐ様慌てたように否定した。
「なら大人しく言うことを聞いておけ。そんなものをいつまでも肌に残していたくはないだろう」
「……分かりました」
「良い子だ」
腕の痣へ触れながら零された音を、その何処となく後悔のような色が滲む男の声を、無理矢理にでも突っぱねてしまう事は凪には出来る筈もない。
せめて言う事を聞いて薬は塗ろうと思い返し、大人しく頷いて見せれば光秀はやがて口元へ満足げな笑みを刻んだ。
(…ん!?)
その即座の変わりように、まさかと思い至った凪が怪訝な面持ちのままで半眼になり、問いかける。
「……もしかして、さっきの反応わざとですか?」
凪の良心を刺激して、素直に言うことを聞かせたのでは、と訝しげに見上げた凪を他所に、光秀はまったく意に介した様子もなくしれっと言ってのけた。
「…さて、何の事やら。俺はただ純粋にお前の身を案じただけだ。そう疑われてしまっては、さすがの俺も傷付いてしまうな」
(やられた…!!)
やれやれと瞼を伏せて首を左右に振る男の顔を見上げながら、凪は憮然とした表情を浮かべて捲くっていた袖を荒々しく下ろす。何となくとてつもない損をしたような気がして、もういい加減この男から離れようと身体に力を入れた瞬間、光秀の空いた片腕が立てた彼女の膝上へ置かれた。
「ちょっと、もう腕見せたからいいじゃないですか」
「せっかくだ。仕置きも兼ねてこのまま本題に入るとしよう」
「今まで散々お仕置きしてませんでした!?」
下肢に力を入れなければこの体勢から立ち上がる事は不可能である。さり気ない所作で動きを容易に封じられ、光秀の胡座の中へ収まっている状態の凪をそのままに、口角を持ち上げた男が告げる。
むしろ今までのは一体何だったのかと問いただす凪の言葉など聞かぬ振りをして、光秀は間近にある彼女の怒りを孕んだ眼を見下ろした。
「…【自ら口を開くか、俺に口を開かされるか】好きな方を選ばせてやる」
「……!!」