第7章 摂津 参
渋々といった様子で腰を上げた凪は、そのまま重い足取りで数歩の距離を縮めると、光秀の前で腰を下ろそうとしたがその瞬間、細腰を片腕で抱き寄せられて体勢を崩した。
「あ!?」
短い声を上げた彼女の身体は、添えられた男の腕によって呆気なく光秀の胡座の中へと迎え入れられる。
胡座の中央に腰を下ろし、横向きの状態で両膝を揃えて立てた凪の右半身が光秀の胸板へ軽くぶつかった。
例の牢人の男に掴まれた方の腕は光秀の胸板に当たる側とは反対側となり、袖をまくって見せる分にはまったく申し分ない体勢ではあるものの、そもそも距離感がおかしい。
「なんで!?」
「この方がよく見える。心配するな、仔犬一匹支えられないようでは、飼い主失格だからな」
「そういう心配じゃないです…!」
しれっと言ってのけた男に対し、困惑と羞恥を露わにした凪が顔を上げて噛み付いた。
これまで腕を組んだり、手を繋いだり、あるいは抱き締められたりと恋仲ではない男との距離感ではない事を短い期間で様々経験した凪ではあるが、【芙蓉】を演じる必要のない宿内でこれはどう考えてもおかしい。
眉根を顰めた凪などお構いなしといった風で、光秀は視線を無言のままに腕へ流した。
その圧に耐え兼ねたのか、あるいはさっさと見せて離れてしまおうと考えたのか、凪は左側の袖を躊躇いなく捲くり上げる。
(うわ…)
自分でそれまで一切確認していなかったが、改めて確認した腕の状態に内心で顔を顰めた。
凪の日焼けしていない白い肌、細く柔らかそうな二の腕の外側に、くっきりとした赤い痣が刻まれている。それ程までに強く握っていたのかと実感した程度で、今のところ特に痛みもないのであまり気にならないものだったが、それはあくまでも凪主観での話だ。
彼女のきめ細やかな肌に浮かんだ無粋な痣を視界へ映した光秀の金色の眸に険が混じる。
腰を抱いていない方の手を伸ばし、指先で労るよう薄い皮膚を数度撫でた後、長い睫毛の影を白い肌へ落とした。
「…湯浴みの後、薬を塗っておけ」
「別に斬られた訳でもないですし、このままでも勝手に治りますよ」
「……では俺が塗ってやるとしよう。俺の為についたようなものだ」
「…え!?違っ…!あれは私が勝手に…」