第7章 摂津 参
慌てた凪が止める姿を前にして、光秀は更に追い打ちをかける。
「摂津での土産話として実際に披露してやろうかと思ったんだが、残念だ」
(なんか本当にやりかねないよこの人…!)
信長を助けた夜、顔を合わせるなり言い合っていた二人の姿を思い起こした凪はぞっとして軽く身震いした。冗談だと言い切れない空気感を出すのが、この明智光秀という男である。
(実は佐助くんに貰ったとか言えないし、どうしよう)
敵武将の忍である確証の高い佐助に迷惑はかけられない。
必死に頭を回していた凪は、やがて当たり障りのない範囲での言葉を選びながら、口を開いた。
「…本当は、光秀さんを探してる最中に偶然いただいて。掴まれた腕を解くのに必死でつい投げ付けちゃったんです」
「仮にも太刀を下げた男相手に壺を投げるとは…まったく豪胆な娘だな」
光秀としても、相手が佐助だとはさすがに思い当たらないだろうが、大方検討はついていたのだろう。
梅干しの壺を貰ったという事実には深く突っ込む事なく、その後の凪の行動を些か咎めた調子で告げ、瞼を伏せると微かな吐息を漏らした。
「掴まれた方の腕を見せてみろ」
「え、別に大丈夫ですよ」
「俺に無理矢理袖を捲くられるか、自分でするか…好きな方を選ばせてやる」
男に掴まれた腕を案じてくれているのだろう光秀の言葉を、凪は気にした風もなく首を振って拒否する。
特に気にかけていた訳でもないし、何か刃物で切りつけられた訳でもない。しかし首を振った凪を険のある眼差しで見据え、淡々と選択肢を突き付けられては黙る他ない。
「…自分で捲くります…」
「別に俺がやっても構わなかったんだがな。…おいで」
「なんでいちいち近付かなきゃいけないんですか」
「そうか。では、俺がお前の方へ行くとしよう」
「結構です…!」
そう言いながら腰を上げる素振りを見せた光秀に対し、凪が即座に制止をかけた。苦虫を噛み潰したような表情の彼女を見やり、そうして一度組んでいた腕を解いた男はそのまま軽く腰を上げ、正座から胡座(あぐら)へと体勢を変える。