第7章 摂津 参
含みのある物言いに眉根を控えて寄せると、凪の反応に構う事なく光秀はふと無表情であった端正な面(おもて)に愉しげな色を乗せる。
一体何事かと検討も付かない凪が不思議そうに首を傾げたのを見つめ、光秀が緩やかに首を傾けて見せた。
「【うちの人見かけませんでしたか】…と、必死な様子で俺を探していたと、店主は実に事細かに語って聞かせてくれたぞ」
「…うっ、」
ゆっくりと三日月の形になる薄い唇が、わざとらしく緩慢に言葉を紡ぐ。少し前の出来事を思い起こした凪にも当然その記憶はあり、二の句が告げずについ小さく呻きを漏らした。
あの時は本当に必死で焦っていた為、それ以外の文句が思いつかなかったのだから仕方がないが、改めて本人から言われるととてつもなく恥ずかしい。
「あ、あれは…!」
「随分と可愛い事を言って探し回ってくれたものだ。その場に居なかった事を悔やんだのは、生まれて初めてかもしれないな」
「絶対嘘ですよね…!そもそもその場に居たら探してませんから!」
飄々と言ってのける男の真意など分かりきっている。
わざと凪の羞恥を煽るような言葉を選んで面白そうに笑う男に突っ込むと、店主とのやり取りを思い出して目元に微かな朱を散らした。
悔しそうに引き結ばれた口元へ視線を落とし、吐息だけで笑った光秀は自然な流れで口を開く。
「ところで、俺もお前に訊きたい事がある」
「……なんですか」
これがお説教、もといお仕置きである以上、理由はどうあれ言い付けを破った凪に拒否権は元々与えられていない。
半分自棄になりながら相槌を打つ凪を前に、光秀は双眸を僅かに眇めて見せた。
「お前を追っていた男の内、一人だけ何故か梅干しを被った男が居たが、果たして何があったのやら…お前もそうは思わないか?」
「(う゛っ…!)多分あれは……暑かったんじゃないですかね」
「……ほう?梅干しの壺を被って涼を得るとは、なかなか斬新だな。今度秀吉にでも勧めてやるとしよう」
「や、やめてください…!いくらなんでも斬新過ぎです!」
苦し紛れの凪の言葉に片眉を持ち上げた光秀が、心底感心したと言わんばかりの声を発する。
さり気なく秀吉の名を出して笑みを深める光秀を前にすると、本当に実行しそうな気配までして来るのだから不思議だ。