第7章 摂津 参
耳に慣れた低い音が鼓膜を打った。
後ろ手にやった体勢のまま、顔を僅かに俯かせていた男の姿が視界に映り、何も見なかったと言わんばかりに再び前を向こうとした凪の行動を遮るよう、次いで言葉が投げかけられる。
「覚悟はいいな、馬鹿娘」
艶の含まれた音には言い知れぬ圧があった。
そろりと再度後ろを振り返った凪と、同時に顔を上げた光秀の金色の眼がぶつかり合い、やがて男のそれが酷く愉しげに眇められる。
ゆっくりと刻まれて行く口元の笑みは加虐の色を含んでおり、緊迫した場面でも何でもないにも関わらず、言葉に表せない凄みを感じさせた。
そんな光秀の顔を直視出来ず、思い切り前を向こうとした凪の行動を咎めるよう、薄い唇が明確な音を生み出す。
「────…お仕置きの時間だ」
(…無理ー!!)
部屋の中央に置かれた座布団の上、互いに向かい合う形でそこに座しながら、凪はかっちりとした正座をさせられていた。
正座する機会は割と日常でもあったので、別にそこに苦はなかったが、いかんせん流れる空気が気まずい。
正面に同じく正座しながら、羽織の袖口へ腕を差し入れる形で腕を組んでいた光秀が無表情でいるのを視界に捉え、なんとかこの雰囲気を改善しようと試みた凪がおずおずと口を開いた。
「あの、一つ訊いてもいいですか?」
「何だ」
「どうしてあの時、私があそこに居るって分かったんですか?」
空気を変える為とはいえ、それは凪の純粋な疑問でもある。凪がいくら探してもなかなか見つける事が出来なかった光秀が、何故あの場で助けてくれたのか。偶然だと言われればそれまでだが、些か気にかかった。
「宿へ向かう帰り、小間物屋の店主に声をかけられた」
「…!」
思いの外あっさりと答えてくれた光秀に対し、凪も思い出したように目を瞬かせる。どうやら小間物屋は、彼女に約束してくれた通り、光秀を見つけて声をかけてくれたのだろう。
「店主の話を聞いた時には俺も驚いた。どうやらお前には人を驚かせる才能があるらしい」
「……それ嫌味ですよね」
「…ついでに、面白い話も耳にしたな」