第7章 摂津 参
(本来ならば俺の身など案じず、己の身を一番に案じろと言いたいところだが…)
それを口にしてしまえば、恐らく凪は顔を顰めて噛み付いて来るだろう。いい加減ここまで共に四六時中過ごせば凪の性格も大方把握するというものだ。
正論で諭したとて、真逆の言葉で否定される事など分かりきっている。加えて、凪のその感情や行動は考えなしだとは思うものの、向けられた先が己であれば尚更、心の奥底がどうにもむず痒く、一方的に断じる事など出来そうにない。
しばらく無言でいた光秀に対し、凪は二の句が告げなくなって唇を引き結んだ。言いたい事ははっきりと告げられたし、少なくとも光秀が八千と密会した段階では接触が果たされていなかった事に深く安堵した為、彼女はやがて閉ざしていた唇をそっと動かす。
「…でも、勝手に飛び出したのは事実なので、ごめんなさい」
目の前で素直に謝罪を零す凪を前に、僅かに双眸を瞠った光秀は彼女に気付かれぬよう吐息を零すようにして微かに笑うと、胸前で組んでいた腕を解き、家屋の壁へ背を預けたままの凪へ一歩距離を詰めた。
「……ああ、まったくだ」
短い音は低く艶を乗せ、凪の鼓膜を打つ。
凪の顔横に片手を付き、逃げ場を失くすようにして光秀が顔を間近へ近付けた。
自らの上へと薄い影が落ち、咄嗟に顔を上げた凪の眸と光秀のそれが混じり合った後、壁へ手をついていない方の片手で彼女の頬を撫ぜる。
「言い付けを守れなかった悪い子には、仕置きが必要だな。宿へ戻ったら覚悟していろ」
「…え、お仕置き!?」
悪いと自覚はしているものの、光秀の口からとんでもなく物騒な単語が飛び出した事実に凪の顔がさすがに強張った。
果たして一体何をされるのやらと面持ちを引きつらせた彼女を前に、頬を撫ぜていた指先をそのまま昨夜したように下唇へと僅かに這わせた光秀が何処となく真摯な面持ちで音を紡ぐ。
「……あの男達に、何かされはしなかったか?」
「されてませんよ。…っていうか、何でそんなとこ触るんですか!」